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本日とっても重要なニュースが発表されました。しかし小生の見た限りでは、NHKはじめどのTVチャンネルの報道番組でもこのニュースがとりあげられることはありませんでした。

そのニュースとは・・・・

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時事通信社 - 05月23日 14:02発表

■ ★落下装置回収へ、作業開始=あす「もんじゅ」で  原子力機構

日本原子力研究開発機構は23日、高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)で昨年8月、燃料交換に使う装置が撤去作業中に落下したトラブルで、24日に装置の回収に向けた作業に着手することを明らかにした。

 装置の引き抜きに必要な仮設器具の設置などを行い、経済産業省原子力安全・保安院の確認を得た上で6月中旬にも引き抜く。秋ごろの復旧を目指すとしている。

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記事にすればたったこれだけ。わずか170文字のニュースですが、これはものすごい決定だということです。

高速増殖炉「もんじゅ」が現在陥っているトラブルについて、ご存知の方は肝を冷やしているのは間違いないと思いますが、多くの国民は知らないのではないでしょうか?

■ 簡単にそのトラブルをご紹介しておきます。

高速増殖炉「もんじゅ」はプルトニウムを主燃料とした実験的原子力発電所。他の商業用原子力発電所と決定的に違うのが、その冷却材が水でなく液体ナトリウム(非常に発火しやすい)だということ。

そのため非常に管理が難しく1995年にナトリウム漏れ火災事故で停止。2010年に反対を押し切って再稼働させたところ、炉内中継装置(燃料棒の設置・移動を行う装置 3.3トン)の落下事故が発生。現在まで24回にわたって取り出しを試みたものの全て失敗。燃料の交換も移動もできないため、当然運転できず、また休止させることもできない宙ぶらりんの状態で、ひたすら冷却だけ続けている状態。

■ そもそも何が問題なのか?

① 冷却材として使用しているナトリウムは空気に触れれば大爆発する。したがってこの落下した炉内中継装置を取り出す作業は外気に触れずに行わなければならない。(福島でやっているほぼ全ての冷却方法が今のままでは通用せず、逆に爆発的火災を引き起こす。)

② 内部を映すカメラも故障していて修理不能。原子炉内部の状況を目で確認することはできない。

③ 「もんじゅ」はプレートの裂け目(活断層)の真上に建っていることが建設後発覚。

④ 燃料が高濃度のプルトニウムでウラン燃料よりずっと臨界しやすく、また臨界を防ぐ制御棒が効きづらい。

⑤ 使用されているプルトニウムの量は長崎原爆(プルトニウム型)の100倍以上。

⑥ 高速増殖炉の構造上配管が複雑でクネクネ・ペラペラしており、地震に構造的に弱い。

そもそも「もんじゅ」は活断層の真上に立っており、大地震が「もんじゅ」の直下で起こる危険性があります。その場合には設計基準以上の揺れが「もんじゅ」を破壊すると想定されています。設計基準はM8となっていますが、昔の規格の数値なので現在に治すとM6程度だそうです。今回の東日本大震災のケースを併せて考えてみると、大地震が来れば「もんじゅ」はまず間違いなく壊滅的な被害を被ります。何とかその前に廃炉にしなくてはならないのですが、落下物があって動かすことも止めることもできない状態になっているわけです。


■ 今回の作業ではどんな危険があるのか?

今の宙ぶらりんの状態から脱するためには、原子炉内に落っこちた落下物(炉内中継装置)を何としても取り除かなくてはなりません。落下物を取り除くには、マニュピレータで拾うしかないのですが、落下物が変形して既存装置に食い込んでいて上がりません。そこで最後の手段として、引っ掛かりを起こしている原子炉上部の一部を切り取って落下物ごと引き抜くという作業を明日から準備に入り、6月中旬にも行うということのようです。

その工程は以下のようなものらしいです。(出典元不明です。申し訳ありません。)

もんじゅ落下装置引抜き工程


外気に触れれば爆発なので、アルゴンガスなどを注入して爆発を防ぎつつ、切る際に破片を原子炉内に落とさないように細心の注意を払って行うということのようです。

が・・・・・、

福島原発でもそうでしたが、机の上で描いたシナリオ通りにはいかないのが現実のような気がします。

そもそも、よりによって活断層の真上にこのような危険な原子力発電所を建設していること。(それが後になってわかったっていうのも胡散臭い話ですが。)

今のトラブルの元となった、炉内中継装置(燃料棒の設置・除去を行う装置 3.3トン)の落下事故自体が、ネジの緩みが原因という極めて人為的なケアレスミスで生じたものであること。(設計段階では緩みにくい特殊なネジを採用していたものの、設備の更新段階で、緩みにくい特殊ネジという指定を見逃してしまったというもの。) 

少し話が横道に逸れますが、「もんじゅ」の温度計が昔折れたということがありましたが、その温度計は10本発注されていたにもかかわらず1本しか納品されておらず、残り9本分のお金は業者がポケットに入れちゃったという話が漏れ聞こえています。更に加えて、発注側からコンピュータシュミレーションのみでOKということで、耐久性の実験もなく納品したその1本、実際使ってみたら見事に折れちゃった・・・・との話もあります。

非常にリスクの高い高速増殖炉「もんじゅ」の建設や保守・点検がこの程度のレベルで行われているのが現実なのです。そのレベルで今回のミッションに臨むのは、あまりにも危険であるというのが小生の正直な気持ちです。

確かに、今までに2兆4000億円以上つぎ込んで年間維持費だけでも500億円・・・・。しかもこれまでの発電量は0(ゼロ)。このまま放置していて大地震がくれば悲惨な事態も予想される。一刻も早く何らかの対応を取らなくてはならないというのはわかります。

しかし、今は東日本大震災で日本全国が大変なことになっている。加えて東電福島原発の事故の収束目途すら立っていない。そんな状況の今、あえて極めてリスクの高い作業を行うことが適切なのでしょうか? どうしても今やらなくては手遅れになってしまうのでしょうか?

この作業が失敗した最悪の場合、ナトリウム爆発を引き起こし、更には核爆発を誘発することも考えられます。その場合燃料(プルトニウム)の質と量からして、チェリノブイリや広島・長崎などとは比べ物にならない人類史上最悪の惨禍になると予測されています。福井県敦賀市から半径300kmは死の町となり、西日本は壊滅するとも言われています。

福島の事例でも明らかになったとおり、風向きや風力次第では、関東も九州・四国も、東北・北海道も無傷では済まないかもしれません。経済活動の面からいえば、日本列島は完全に機能不全に陥るでしょう。隣国の韓国・中国・ロシアにまで影響が及ぶことも充分に予想されます。

それでもなお、今敢えて行なわなければならないのでしょうか?

もし答えが「YES」ならば、政府はそのことを国民にしっかりと説明しなければならない。絶対にそうしなくてはならない重大な事柄だと小生は考えます。不発弾を処理するときのように、周辺住民の一時避難を行ったうえで実施されるべきミッションだと思います。

しかるに、政府は何も言わない。大マスコミも何も報道しない。しかしひっそりと恐ろしいミッションの準備が進行している。そして6月、万一悲惨な予想が現実化したとき、国民に「私たちは何も知りませんでした。」と言うのでしょうか?

北朝鮮の核ミサイルには強烈な言葉を浴びせかける政治評論家や軍事評論家も何も言わない。実は日本人自身がこの日本列島に自前で核ミサイルを埋め込んでいるようなものなのに・・・・。

いよいよそのカウントダウンを始めるというのが今回の時事通信のニュースです。

お願いですから、政府は日本原子力研究開発機構がやろうとしているこの作業を今は中止させてください。

まずは東電福島原発の事故をしっかり収束させること。次に東北の被災地の復興計画をしっかり作り上げ、震災被災者の生活を立て直すこと。次に原発事故の被災者の賠償をしっかり確定させ、着実に実行に移すこと。

これらに一定の目途が立った時点で、「もんじゅ」問題に全力を挙げて集中して取り組んでもらいたいです。政府・官庁・関西電力・原発機器会社・原子力専門家の総力を挙げて今回のミッションをしっかり練り上げて着手する。

どうか今のまま、ドサクサに紛れるような形で、日本を危機に陥れる可能性のあるミッションを進行させることのなきよう、政府には重ねて重ねてお願いするものであります。

今まで「もんじゅ」に関する事実をあまり良く知らなかった皆様方には、今回のミッションがこれから1ヶ月弱どのように進んでいくかを注意深く監視していってください。

そして、政府から何の説明もなくXデーを迎えるようならば、最悪の覚悟だけはしておく必要があるかもしれません。

日本が戦後最大の試練に直面している現在、こんなことを言っていいのか悪いのかずいぶん迷いましたが、福島第一原発事故に関してどうしても引っかかってしまうところがあるので、3月24日に書いたものの公開していなかった記事を公開することにしました。

ただ、いかに情けない指揮官(首相・内閣)といえども、「戦闘の真っ最中にその指揮官を非難するのはいかがなものか・・・・。」という気分が私自身ありました。今戦うべき敵は目に見えない放射能という不気味な怪物なのであって、いかに不満があっても今はその指揮官を応援することが、この戦いに勝つためには最も肝要なのではないかと・・・・。

しかし、毎日次から次と細切れに公開される放射性物質の拡散の情報しかり。現場の状況の情報しかり。とどのつまりは、首相が震災直後に福島第一原発を視察したが、その間予定されていた格納容器の圧力軽減のための排気(ベント)が見送られ、その結果その後のオペレーションを著しく困難にしたあの水素爆発が起こってしまったこと(詳細は下記※のとおり)等を考え合わせると、この指揮官(首相・内閣)こそが日本を破滅させてしまうのではないかという危機感に変わってきました。

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「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震について」と題された、平成23年3月12日(2:30)現在 緊急災害対策本部発表の文書によると、

原子力安全・保安院からの情報として 11日 22:00に福島第一原発2号機に関して今後のプラントの評価結果として以下のような記述がなされている。

(実績)14:47 原子炉スクラム(RCIC起動)
(実績)20:30 RCIC停止(原子炉への注水機能喪失)
(実績)21:50 水位計復活(L2:燃料上部より約3mの水位)

そして次の予測がなされている。

(予測)22:50 炉心露出
(予測)23:50 燃料被膜管破損
(予測)24:50 燃料溶融
(予測)27:20 原子炉格納容器設計最高圧(527.6Kpa)到達
        原子炉格納容器ベントにより放射性物質の放出

地震・津波災害の発生した11日 22:00の段階で、数時間後にも炉心露出・燃料溶融が起こること、27:20(翌12日03:20)頃には格納容器の圧力が限界に達することを予測し、その対応としてベントが必要となり、その結果周辺大気中に放射性物質が放出されるということを示唆していたことがわかります。


一方総理大臣の当時の行動は次のようなものでした。

■3月12日【午前】5時14分、陸上自衛隊ヘリコプターで官邸屋上ヘリポート発。
               (寺田首相補佐官、班目春樹原子力安全委員長ら同行。)
     【午前】7時11分、福島県大熊町の東京電力福島第一原発到着。
          同19分、重要免震棟。
          同23分、東京電力副社長の武藤栄原子力・立地本部長による説明。
               (池田経産副大臣同席)
         8時 4分、陸自ヘリで同原発発

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地震が起こったその日に、既に炉心露出や原子炉格納容器の高圧による破損の可能性まで予測されていたにもかかわらず、政府もマスコミも「大丈夫・大丈夫」と言ってなかったでしょうか?

それは国民に対して誠実な対応だったのでしょうか?
本当のことを発表すると大パニックが起こると判断してのことだったかもしれません。

しかし現実は、あれから3週間が経とうとしている今、原発から半径10km以内にある津波被災者のご遺体が放射能汚染のため手をつけることができず、そのまま放置せざるを得ないという事態になっています。

「日本の原発には5つの防護壁があるから安全だ。チェルノブイリの事故とは全く性質が違う。」とTV各局に出ていた原発学者は声をそろえて言ってなかったでしょうか?

この『5つの防護壁』とは、①燃料を焼き固めたペレット、②それを覆うジルコニウム合金の被膜管 ③圧力容器 ④格納容器 ⑤原子炉建屋 とのことです。
 
3月29日段階で、このうち⑤の原子炉建屋は水素爆発で吹き飛び、②のジルコニウム合金の被膜管は間違いなく破損し、①の燃料を焼き固めたペレットからは高濃度の放射性物質が飛び出し、④の格納容器も一部が破損していて、大量の汚染された水が広く原子炉外部にも拡散している・・・・。

いまや残されているのは③の圧力容器だけじゃないですか。しかしその圧力容器もさまざまな配管系から放射性物質が漏れ出していて、とどのつまり封じ込めきれていないというのが真実の姿ではないでしょうか?


話を戻しますが、首相はなぜ真っ先に大変な状況にある福島第一原発に乗り込んだのでしょうか? その真意は本人に聞いてみないとわかりませんが、では何故予定されていたベント作業がこの間事実上延期されたのでしょうか? 何か技術的な問題があってうまく行うことができなかったのでしょうか? 技術的な問題ではなくて、首相が被曝する危険を回避するためということはなかったのでしょうか?

その配慮が取り返しのつかない燃料溶融→水素爆発と連鎖し、その後の原子炉プラントの安定化作業を著しく困難なものとし、最悪放射能の封じ込めに失敗するなどということになれば、いくら首相本人や東電幹部が良かれと思って行った行動であっても、その責は免れるものではありません。

謝ってばかりのリーダーには誰もついてきてくれないと思うかもしれませんが、かの三国志の劉備玄徳などは謝ってばかりだという話もききます。でも何よりも正直で私心がなかった。その誠実さに人は付いていくのではないでしょうかね。

今の首相が一国のリーダーの器であるかないかは別としても、既にその立場にあるのですから、少なくとも私心を捨て国民のために最大の誠実さをもって臨んでくれることをひたすらに願うばかりです。


前置きが長くなってしまいましたが、以下が3月24日に書いた記事です。

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福島第一原発事故に関して、どうも今の政府・マスコミの報道は敢えて真実を伝えていなのではないか?という感じが日増しに強くなってきています。

今頃になって農産物への放射性物質の影響の話が出てきたりとか、東京の水にまで影響が出てきたりとか・・・・。

どうも原発事故に関して報道統制されているような感じがしてなりません。それが政府による強制的な情報隠しなのか、マスコミの自主規制なのかはわかりませんが。

計画停電などより、今伝えなくてはならないもっと重要なことがあるのではないかというのが小生の率直な気持ちです。

核に関しては敏感なアメリカやヨーロッパでは全く別の報道がなされているようです。(それに関しても日本のマスメディアは全く紹介していないみたいです。)

今回の原発事故はマスメディア(特にTV)を通じていい加減な学者や素人評論家の適当な解説が広く流布されていて、比較的軽微で収まっていると日本人が思い込まされているフシがあります。

パニックを起こされては困るのですが、文部科学省の発表している放射性物質の測定値が実は異常な上昇を示しています。これは文部科学省のHPで公表されている事実なのですが、ザックリお知らせすると次のようなものです。

3月19日から3月22日、この3日間で放射性物質の量が1千倍に増えている・・・・。

定時降下物の調査結果 単位 MBq/km2
・3月18日9時~19日9時採取
  埼玉 64
  東京 51
・3月19日9時~20日9時採取
  さいたま市 66
  新宿区 40
・3月20日9時~21日9時採取
  さいたま市 7,200
  新宿区 2,900
・3月21日9時~22日9時採取
  さいたま市 22,000
  新宿区 32,000
・3月22日9時~23日9時採取
  さいたま市 22,000
  新宿区 36,000

これは明らかに福島原発の事故の影響でしょう。福島からこれだけ離れた場所でこうです。ちなみに札幌ではこの間これら放射性物質は未検出でした。

詳細は文部科学省のHPを参照ください。
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1303956.htm

政府やマスコミの情報だけを信じていたら「正直者がバカをみる」というような状況が起こってしまうかもしれません。

もっと詳しいことを知りたいという方はYoutubeの次の動画をご覧になってみてください。ただ、くれぐれもパニックを起こさず腹をくくって冷静に対応してくださいね。

・福島原発事故 メディア報道のあり方 広瀬隆



三陸方面の余震も収束しないどころか、いよいよ静岡方面でも大きな地震が起きてきたし、日本列島が乗っかっている地殻はまだまだ動揺しています。

この先どうなるかは予想もつきませんが、もうしばらくは気を抜かず、東北・関東圏のみならず全国的にも最悪の状況も想定しておいたほうが良いかもしれません。

不安を煽るようなことを書いてしまったかもしれません。その点については深くお詫びします。

何も出来ない小生ゆえ、そのような惨事が起こらないことを毎日毎日祈るだけです。

今年の北海道は例年に無く異常気象のような気がします。いつもなら5月ともなれば温暖な気候となるはずが極めて寒く、そして6月にはいるや一気に真夏のような気温の日々・・・・。

先日地物のアスパラとズッキーニを買いに地元農家の野菜直売所に出かけたのですが、オバちゃんに話を聞くと「今年のアスパラは散々だったわ。最盛期の5月は寒さにやられ、6月からは暑さにやられでなかなかまともな品物が出来なかったあ。」と言っていました。確かに小生が買い求めたアスパラは今シーズン最後のモノだという事でしたが、全体的に細くて色味もあの濃い緑ではなく弱々しい感じの淡い緑でありました。

昨日今日と少しばかり熱気は収まっていますが、今シーズン最初の猛暑日(最高気温35度以上)を記録したのが、沖縄や大阪や埼玉の熊谷ではなく、北海道の足寄であり北見だとくれば、やはり異常気象と言えるのではないでしょうか。

さて本日の本題。またしてもHTB制作のテレビドラマ「ミエルヒ」についてであります。

今まではこのドラマの制作背景などについて、自分の思うところを書いてきましたが、今回は一本の作品として「ミエルヒ」が我々に何を伝えたかったのかについて少々思うところを語ってみたいと思います。

このお話は荒筋を言ってしまえば、片方の目を失明して10年ぶりに故郷に戻ってきた戦場カメラマンの剛(安田顕)が、獲れなくなったヤツメウナギ漁に毎日出る父(泉谷しげる)や昔の友人・隣人との日々の係りの中から、失明の恐怖を乗り越え、最後に自分の居場所を見つけ出す。そしてその場所とは何と大嫌いなはずの鄙びた故郷「江別」だった・・・・。というものです。

小生としては最後に主人公が「自分がそこにいることの意味」に気付いたときの「これしかできないんだ・・・・。」「ここでしか生きられないんだ・・・・。」というセリフに正直なところ違和感を感じていました。

『人間のもつエネルギーはそんな消極的なものではないんじゃないの? 植物じゃないんだし、行こうと思えばどこにだって行けるでしょう? ただ行った先に何が待ってるかはわからないけど・・・・。』というような感想でした。

それであっても「なぜこの故郷に戻ってくることになったのか?」というところが実は肝であるのに、その部分は正直言ってほとんど描ききれていない・・・・というのが何とも不満でありました。

そんなモヤモヤした気持ちに、高知県在住の映画批評家の「ヤマさん」(実はネットで偶然にも知り合った大学の同級生なんですが)の批評が一本筋道をつけてくれました。

「ヤマさん」はこの「ミエルヒ」を『居場所と生業ということについて、いろいろ思わせてくれる秀作だった。』と総括されています。

詳細は「ヤマさん」の映画批評のページ <間借り人の映画日誌 -『ミエルヒ』>を是非ご覧になってください。

その批評の中に次のような記述がありました。

>「これしかできない」であろうと「これこそがやりたい」であろうと実のところ大差なく、自身がライフワークのようにして携わり続けることのできるものが“なりわい”であり、住み続けられる場所が“居場所”なのだろう。それをそのように意識できるかどうか、再発見できるかどうかが分かれ目なのだろうが、生まれ育った地には必ずそういうものが待っている・・・・。

『「これしかできない」であろうと「これこそがやりたい」であろうと実のところ大差ない。』というヤマさんの指摘に小生はハッとさせられました。確かに自分の心が思っている状態と実際に行動した結果とは必ずしも一致していないのかもしれません。いや一致していないことのほうが圧倒的に多いでしょう。そして周りに影響を与えるのは、(まさしくそれがその人が存在したことの証しなのでしょうが、)それはその人の行動した結果からしか生まれてこないという厳然たる事実です。

そう考えれば、確かに『「これしかできない」であろうと「これこそがやりたい」であろうと実のところ大差ない。』という帰結になるわです。そんなことより『自身がライフワークのようにして携わり続けることのできるもの(=“なりわい”)』を見つけ、認め、まさにやり続けるところに人生の意義があるのかもしれません。そしてそうやって生きていく場所こそが自分の居場所になるのかもしれません。

ただ、なぜ故郷というものが自分の居場所になるのかについては、ヤマさんも説明してくれていません。小生にもわかりません。それこそそれは人智を超えた神様の領域の話になってくるのかもしれません。

またヤマさんはこうも指摘しています。
>華やかに注目される場所と豊かな所得を手にしていても、そこに居場所や生業としての皮膚感覚を得ることができていなければ、人の生は虚しく、生きることに難儀を強いられるような気がしてならない。

この言葉に小生も全くその通りといたく納得しました。田舎から大都会に出て暮している方の中にはこの言葉に強く共感される方が多いのではないでしょうか?

小生は贔屓目での批評になってしまいますが、ヤマさんは実に冷静に客観的にこの作品を批評してくれています。平均して毎日1本以上の映画作品を劇場で鑑賞し、批評活動を続けておられるヤマさんは、極力情緒を排し、これまでの映像作品との比較という視点も交えてこの「ミエルヒ」を論評してくれています。これは実に貴重だと思います。

ギャラクシー賞の優秀賞を獲ったことは素晴らしいことです。でもそれに浮かれてしまって、作品をもう一度制作者自身が吟味するということを忘れないで欲しいと小生は願っております。その意味でもHTBの制作担当の方はじめ、関係者の皆様にもこの批評を一度は読んでいただきたいと思うております。

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