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5月24日(日曜日)。3日ぶりの晴れ。昼間は暖かいのですが、夜は結構冷える日が続いています。

しばらくご無沙汰してしまいました。実は先週の前半は久しぶりの音楽制作のオファーがあって、その仕事に珍しく没頭していました。納期までの時間があまりなく、最後は完全徹夜状態で何とか納品しました。しかし哀しいかなこれがペイには直接結びつかないんです・・・・・。今回はCM音楽の依頼だったのですが、コンペということで落選すれば全てパア。一銭にもなりません。厳しいですなあ。そんな状況であっても徹夜をしたツケは確実に老いた我が身に跳ね返ってきます。そのあとちょっと体調を崩して(インフルエンザではありませんが)何もできず数日をダラーーッと過ごしていました。

そんな日々の中で、これまた久方ぶりに腹の立つニュースに出くわしましたので、ちょっとそのことについて思うところを・・・・。

それは国会議員の世襲制限に関する自民党の対応方針についてです。まあ選対委員長である古賀氏の「投票率は高くないほうがいい・・・・・。」という発言は、かつて早稲田に裏口入学した(ご自身がそう言っていた)森喜朗が「国民は寝ててくれたらいい・・・・。」という発言の二番煎じなのでどうでもいいとして、ここではあえて追求しません。問題は小泉元首相がその座を次男坊の進次郎氏に譲るとしていた、それこそ代議士の世襲問題に対する具体的な自民党選挙対策本部の方針が次のように決まったことです。それは「小泉進次郎氏は無所属で出馬する。自民党はこの選挙区に他の候補は立てない。そして進次郎氏が当選した場合後日無所属から自民党に加わってもらう・・・・・。」

何とも国民をバカにしたとしか言いようの無いやり口ですな。何のための世襲制限なのか? しかし自民党選挙対策本部の菅副本部長はこう発言していました。「公認と無所属では全く立場が違う。無所属では貼れるポスターの枚数や政見放送といった面で明らかに不利である。また当選後に無所属から特定政党へ入党するということは、今でも普通に行なわれてきていることであって、世襲制限とは全く無関係であり何の問題も無い・・・・・。」と。

自民党が世襲制限を進めるという方針を打ち出したとき、小泉Jrの取り扱いをどうするかについて、事前に党幹部と小泉元首相との間でしっかり根回しができていて、小泉元首相も「そういうことならOK」ということで、今回の世襲制限に関しては賛成するとのことで了解を得ているようであります。

自民党のやることはこんなことばっかりです。形だけは改革したというイメージを示しながら、その実態はしっかり裏道を作って、とどのつまり旧態依然とした利権構造をしっかり維持していく・・・・。
いくら相手の民主党がダラシないとしても、ここまで露骨に国民を欺き通すというんですから、国民も完全にナメられたものです。まあ騙されていることすら知ろうとしない国民が一番問題なんでしょうが。

こういう表面改革・実態利権維持という政策は山ほどあります。

この他には、合併施工方式による高速道路への税金投入があります。2006年に小泉構造改革で「これ以上無駄な高速(有料)道路は作らない!整備計画9342キロ以外は白紙。」という大前提を打ちたてはずなのに、今回の予算ではあっさりそれが覆されて高速道路への1兆円を超える税金投入が既定路線とされました。もし高速(有料)道路を作るのなら、民営化した各高速道路会社が自らの資金で作り、通行料で回収する。それ以外に必要な道路は政府が税金で作り、その場合は無料の道路となる・・・・というのが大前提でしたが、今回東京外郭環状道路(外環道)など3区間は、税金で建設費の大半を負担し、一部を高速会社が負担する「合併施行方式」という、これまた訳の分からない国民を欺くような手法を使っています。 これは、旧日本道路公団民営化議論の結果、民営化する公団の事業に国費を投入しないという2001年の閣議決定を事実上反故にしたものです。道路建設の90%相当に税金を投入し、道路会社は10%そこそこしかカネを出さず、出来上がった道路からはしっかり通行料を民間の道路会社が徴収する・・・・・。いいのかなあ?こんなデタラメ。

国会で民主党や共産党が厳しく指摘し、金子大臣はしどろもどろになっていましたが、それでも麻生首相は「2001年の閣議決定の趣旨は、採算のとれない道路について抑制するというもので、その意味からも今回の「合併施行方式」はこの閣議決定に反するものではない・・・・。」というこれまた答弁になってもいない答弁を繰り返して、結局国会の常であやふやなうちに押し切ってしまったわけです。

3点セットの最後は役人の天下り規制の骨抜き問題。
2007年安倍政権のもと役人の天下り規制を行うとして国家公務員法が改正され、「官民人材交流センター」なるものが設置されたわけです。その趣旨は、センターが再就職先をあっせんすることで、所属官庁の監督特権やら許認可権などといった特定の権限を背景にしたあっせんを廃止することで、官庁と天下り先との不明朗な関係を根絶することを目的としたものでした。しかしここにもしっかり抜け道がありました。この再就職あっせんの際の規定として「過去3年で2年以上、1億円以上の随意契約をした団体は対象外とする。」というものがあったのですが、昨年12月の設立から4月2日までに行なった38人のあっせんに際して、法務省の8人が再就職した「財団法人民事法務協会」がこの規定に抵触していることがわかったのであります。それを追求された河村官房長官は国会の答弁で「えっ?」としばし呆然とし、その後担当係員から渡されたメモを見て、「高度な専門的能力に着目した求人の場合は例外規定があるので、今回はそのケースであって問題ない」とシャアシャアと言ってのけました。実際のところ、係員から教えられるまで知らなかったわけですよ。まあそれはそれとして、この例外規定ってなんでしょうかね? こんなものが許されるのなら、言ってみれば全てOKってことじゃないでしょうか?

もうやんなっちゃいます。表向き改革・実態は骨抜き。こんなのばっかりです。本当に国民はバカにされたものです。ここまでバカにしても大丈夫だと踏んでいるんでしょうかね? 民主党には小沢のデカイ敵失があるから大丈夫・・・・ってことでやけに強気なもんです。

つらつら思うに、まあどんな社会でもそうなのかもしれませんが、利権構造は特定の集団がガッチリ握っていて、それをぶっ壊すことは並大抵じゃないということでしょうか。日本は1億総中流などと言われてきましたが、それも国民に不満を感じさせずにおくことで、自分達支配階級が安泰に過ごせるようにとの大衆操作だったんじゃないでしょうかねえ。

格差社会と言われる今日この頃ですが、何もつい最近始まったわけではなく、明治維新の頃からずっと日本は格差社会で来たわけです。戦後も結局は変わらなかった。そしてそれは政・官・財の緊密な癒着構造というものを基盤として維持し続けてきたわけです。おいしい思いをしている政・官・財の支配階級がその利権を手放すわけが無い。だからこんな表面改革・実態利権維持というような政策が堂々とまかり通っているわけですわな。

そうそう、小泉Jrの進次郎氏、なかなか優秀な人材だという情報もありますが、これまた特権階級の恩恵を最大限に活かした経歴作りだったようです。コロンビア大学大学院留学(在籍。卒業したかどうかは不明。)→米一流シンクタンク・CSIS(戦略国際問題研究所)就職。そして今度父親の跡を継いで政界入り・・・・、ということですが、それ以前の経歴を辿ってみると、地元の名門で総理の母校である県立横須賀高校を受験するも不合格。大学は関東学院大の経済学部に進学するも、4年で単位を修了できず留年・・・・。卒業後はしばらくフリーター生活を送っていた模様・・・・という情報がありました。そんな彼が米国で5番目に古い歴史を持ち、世界で最も入学難易度が高い大学の一つと言われるコロンビア大になぜ入学できたのか? なぜアメリカでも超一流のシンクタンクへ就職できたのか・・・・? いきなり超人的な能力にでも目覚めたのでしょうか? そんなこたーないでしょう(笑)。それを可能にした理由はただ一つ、「総理大臣の息子」というご威光・・・・。他に合理的な理由はちょっと思いつきません。日本もアメリカも特権階級はしっかりつながっているということです。だから小泉改革はアメリカの支配階級の要求をそのまま受け容れて実行されたものばかりだということ。それで息子は名門大学の大学院へご留学・・・・。

特権階級の方々が自分の努力で難関校に入学したり、超一流企業へ入学することに小生は何の異もありません。しかし自分たちが支配的な立場にいるということを利用するようなまねは噴飯モノです。なぜならば、支配階級の力の源である経済力なりの国力は一体誰が作り上げたものか?ということ。まさにごくごく一般の市井の人々の日々の努力が作り上げたものです。それをおいしいところを独り占めにして自分たちだけいい目をみようなどという根性は、あまりに醜悪です。今回のケースも結局小泉一族の醜悪さをしっかり裏付けるものになるでしょう。だからこそ小泉元首相は身内の話題に関してあれほどナーバスになっていたのか・・・・と今になって腑に落ちました。

ただ、いくらそんなことを叫んでみても、我々庶民は生まれてから死ぬまで汗にまみれ、泥まみれになって何とかはいつくばって生きていくだけ・・・・。それは子の世代でも職業がいかに変わろうとも結局は同じことの繰り返し・・・・。その一方で特権階級は厳然として世襲を繰り返すわけであります。殿様は殿様の道を行き、水呑み百姓は水呑み百姓の道を行く。多少ましになったとしても、決して殿様にはなれない。その意味では田中角栄氏は評価はいろいろあるでしょうが、この特権階級にまで登りつめた稀有な存在だったのではないでしょうか。今太閤という呼び名も実に的を得ていたように思います。しかしそんな彼も彼の一族も結局は彼の存在を好ましく思わない特権階級によって潰された・・・・。

有権者の一票で果たしてこの社会構造を変えることができるのかどうか? かつての市民革命が王政を打倒したように、共産革命が資本家を打倒したように、結局は新たな特権階級が古い特権階級に取って代わるだけのことではなかろうか・・・・? この頃では公平でフェアな社会などというもはユートピアなのではないかと、かなり自信がなくなってきたオヤジであります。

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