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5月12日。雨。今日も寒い・・・・。しかし2週間ぶりの雨で、植物たちにとっては恵みの雨ですね。

しばらく間が空いてしまいましたが、忌野清志郎さんがお亡くなりになりました。謹んでお悔やみ申し上げます。やっぱりいい人は早く亡くなっちゃうんでしょうかね? 残念でなりません。

忌野清志郎、RCサクセションというと、その代表曲は「雨上がりの夜空に」であり、「スローバラード」ということになるのでしょうが、小生にとっては「ぼくの好きな先生」なんです。今のようにメイクをして唄う前の忌野清志郎であり、RCサクセションなんです。お聴きください。

1972 RCサクセション 「ぼくの好きな先生」


作詞 忌野清志郎 作曲 肝沢幅一 編曲 穂口雄右

それと小生は「さなえちゃん」も忌野清志郎が唄っていたとすっかり勘違いしていました。こちらは仲井戸麗市と加奈崎芳太郎のデュオ「古井戸」の曲で唄っていたのは仲井戸麗市でした。ただ仲井戸麗市は1979年に「古井戸」解散後、RCサクセションに正式加入し、その後1980年代のRC躍進の牽引車としてフロントマンの忌野清志郎と共に活躍していたこともあって、小生の頭の中で忌野清志郎と仲井戸麗市がごっちゃになっちゃったんだと思います。これはあの北野武も同じだったみたいで、あるテレビ番組で忌野清志郎の訃報に対するコメントで、「確か、さなえちゃんとか唄ってたんだよネエ・・・・」と言っていました。逆に言うと「さなえちゃん」という曲は、いかにも当時のRCサクセション風であったといえるのかもしれません。懐かしついでにこちらもどうぞ・・・・。

1972 古井戸 「さなえちゃん」 (作詞作曲:仲井戸麗市)


しかし忌野清志郎はやぱりタダモノではありません。目立たないところでも実に素晴らしい活躍をされていました。日本初のミリオンセラーを記録したあの井上陽水のLP「氷の世界」に収録された「帰れない二人」は作詞作曲ともに井上陽水と忌野清志郎の合作だということをつい最近知りました。小生も珍しいことにこのLPは買ったのですが、全曲井上陽水のオリジナルだとばかり思い込んでいました。ただ、「帰れない二人」という曲はあの暗い暗いLPの中で、少しホットできるような、温もりを感じさせる小曲で、この曲が入ることでワンポイントの色彩が加わったような多大な効果を生んでいたように思います。そしてそれはまさに忌野清志郎の音楽世界だったんでしょう。井上陽水一人では絶対にあの曲は生まれなかったでしょうから・・・・。

そんな隠れた名曲「帰れない二人」を作者の忌野清志郎と井上陽水が唄っている動画がありましたので、是非お聴きいただきたいと思います。

1972 井上陽水&忌野清志郎 「帰れない二人」 


初めて忌野清志郎が唄うのを聴きました。ハッキリ言って陽水が唄うよりもシックリくるような気がします。この曲は作曲はどちらかというと忌野清志郎がメインで出来上がったのではないか?という感じがします。それほどにメロディラインと清志郎のボーカルがフィットしていますね。実にいい曲です。この曲にはバックに細野晴臣や高中正義が参加しているとのことです。1990年の相米慎二監督の映画「東京上空いらっしゃいませ」の主題歌として使用されたとのこと。さもありなんと思います。

本当に惜しい人を亡くしたような気がします。ファンと言えるほど傾倒したわけではないのですが、その強い個性と音楽性は充分伝わってきていました。 しかし忌野清志郎があんなパンク・ロック風に変身したのはいつ頃からだったのでしょうかね? 小生が知っている忌野清志郎は当然メイクもしていなかったし、ヘアスタイルは丁度雨上がり決死隊の蛍原のようなマッシュルーム・カットだったような記憶があります。また最近でもメイクをしたり、ギンギラの衣装を着るのはステージ上だけで、普段は(髪型は別として)そんなにぶっ飛んだものではなく、極めて自然体だった・・・・。ということは、あの衣装やメイクは彼にとっての戦闘服だったということなのかな?

対人関係にあっては、人間誰しも多かれ少なかれ無意識のうちに鎧を着けていると言われます。忌野清志郎はそれをあえて意識的にやっていたということなのかもしれません。ただそれは音楽を表現する者としての立場に立っているときだけであって、それ以外の場面では鎧を着けていなかったような気もします。裸の自分をさらけ出すことはなかなかできるものではありません。そう考えれば、やっぱり忌野清志郎、デカイ人間だったのかなと思い知らされます。

今日たまたまアメリカの作曲家、コール・ポーターの半生を描いた映画「五線譜のラブレター DE-LOVELY」(監督:アーウィン・ウィンクラー、主演:ケビン・クライン、アシュレー・ジャド)を見たのですが、その中にも「どうせ何かに成りすますのなら、道化師(ピエロ)になりなさい。そうすりゃみんなハッピーさ。」という場面(ミュージカル・シーン)がありました。小生も無意識のうちに他者と対面する際、戦闘的な鎧を身に纏っているんでしょうかね? おそらくそうなんでしょう。だから相手も戦闘的に対応する・・・・。やっぱりまず我が身を何とかしなくちゃいけないんでしょうね。忌野清志郎と違って、小生のような小者には裸の自分をさらけ出すだけの度量はありません。そうなると鎧をピエロの衣装に変えることなんでしょうかね? それもかなり難しそうです。北風と太陽の喩えではありませんが、太陽のような暖かさを相手に感じてもらえるような人格者になれれば一番いいんでしょうが・・・・・・。

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