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5月11日。曇りきょうもまた強風。5月も中旬だというのに朝晩がかなり冷え込みます。一端暖房は完全に停止させたのですが、あまりの寒さに今日の夕方からまた稼動させてしまいました。しかし北海道は何ですか?暖房を使う期間を良く良く考えてみると、秋口は10月からで、11月、12月、1月、2月、3月、4月、5月・・・・・何と12ヶ月のうち7ヶ月は暖房のお世話にならなきゃいけないんですな。ものすごくエネルギーを必要とする土地柄というわけです。ふう。

それでも日中は20度近くになり、庭の草花も一生懸命生命の輝きを見せてくれています。わが庵には桜はないのですが、それに代わってジューン・ベリーの樹が1本あって、今真っ白な花を咲かせています。まさに満開。しかし厄介者(雑草)もしっかり生命力を発揮していまして、今日は夕方雑草抜きに追われました。一番厄介なのがスギナで、毎年根っこから抜いても抜いても春になるとゾンビのように甦ります。しゃがみこみながら移植ゴテで掘り起こしながら抜いていくのですが、これが結構なハードワークなのであります。わが庭の土があまり質が良くないこともあって、まず堅いんです。1本のスギナを抜くのにも、移植ゴテの取っ手の先を手のひらに押し付けて思い切り土に差し込まなくちゃなりません。そんなこんなで気が付けば右手のひらは皮がむけ、脚はまるでうさぎ跳びをした後のような状態です。作業したのは1時間ほどですが、カラダは結構ボロボロのオヤジであります。

さて、先日インディアンをテーマにした楽曲を取り上げてみましたが、実際演奏していたり唄っているのは白人というケースでした。では先住民族のバンドなり歌手はいなかったのか?と探してみましたらしっかり存在していました。その代表格はRedBone(レッド・ボーン)。

バンドメンバー全員が先住民族のみで編成されたロック・バンドとして初めて米国でトップ10ヒットを記録しています。ヤキ族の出身のパトリック・ヴァスケス(Bass・Vocal)とロリー・ヴァスケス(Guitar・Vocal)のヴァスケス兄弟を核に、叔父はナバホ族の酋長というギタリストのトニー・ベラミー、シャイアン族の出身のドラムスのピーター・デポー・・・・。プロフィール的にはなかなか迫力があります(悪い意味じゃなくて)。

しかしこのバンドはインディアン的な部分(政治的メッセージ)を前面に押し出したバンドではありませんでした。各自が実にテクニックに優れていてジャズ的な演奏もすれば、歌もコーラスも抜群に上手く、。まさに他のポピュラー・ミュージックのバンドと同じ土俵で勝負していました。ロリー・ヴァスケスはハモンド・オルガンでおなじみのレスリー・ロータリー・スピーカーにエレキ・ギターを繋いだ先駆者であり、ドラムスのピーター・デポーはキング・コング・スタイルというドラムの手法を用いたパイオニア的存在でもあったようです。まずは彼らの最大のヒット曲を聴いてみて下さい。

1973 RedBone 「Come and Get Your Love」


何ともモータウン・サウンドのようです。ポップで踊れる曲です。しかし彼らはWounded Knee(ウンデッドニーの虐殺)についても唄っています。このあたりは民族的な誇りをしっかり持ち続けている証なんでしょうね。

Redbone Wounded Knee


小生はほとんど知らなかったのですが、70年代ではネイティヴ・アメリカンのミュージシャンというとJesse Ed Davis(ジェシ・エド・デイヴィス)が人気があったようです。こちらもよろしければどうぞ・・・・・。

Youtube動画:JESUS WAS AN OUT LAW TOO Bobby Jameson, Jesse Ed Davis, Randy Newman

他にネイティブ・アメリカンのミュージシャンはいないかと調べてみましたら、いました。リタ・クーリッジ(Rita Coolidge)。1945年5月1日、アメリカ合衆国テネシー州生まれ。アメリカ・インディアンのチェロキー族の血を引いているそうです。1960年代末期から本格的にプロの歌手として活動を開始し、1970年レオン・ラッセルらと共にジョー・コッカーの「Mad Dogs & Englishmen」に参加したリタは、ソロ・パートを与えられ、そこでかの名曲「Superstar」を歌って大いに注目を集め遂にA&Mからソロ・デビューする機会を得ることになります。彼女は実にモテたようで、当時はレオン・ラッセルと付き合っていたとか・・・・。その後ステーヴン・スティルスとグレアム・ナッシュが彼女を巡って三角関係・・・・・。なかなかお盛んだったようですな。

そしてクリス・クリストファースンが彼女を射止めることになります。結婚したクリスとリタが1973年に発表したデュエット・アルバム「Full Moon」に収録された「From The Bottom To The Bottom」でグラミー賞のカントリー・デュオ&グループ部門を受賞します。続いて第2弾のアルバム「Breakaway」からも「Lover Please」で同賞受賞。かくしてリタはメジャー・シンガーとして認知される存在となったわけです。しかしその後もカバー曲のヒットがほとんどで、彼女自身(ソロ)の代表曲と言えるものはなかなか見当たりません。

そんなリタですが、1994年、ロビー・ロバートソン(元ザ・バンド)が、アメリカ・インディアンをテーマとしたアルバム「MUSIC FOR THE NATIVE AMERICANS」を制作するにあたり、姉のプリシラとその娘のローラ・サッターフィールドと共に同作に参加します。これを契機に近年の彼女はチェロキー・インディアンの血を引く自身のルーツを探求する姿勢を強く持ち、「Cherokee」というアルバムを発表します。また、リタ、プリシラ、ローラの3人は、チェロキー族の伝統を前面に出したグループWALELA(チェロキー語で“hummingbird”という意味)を結成し幅広く活動を展開しているようです。

ではそんな WALELA の曲を1曲。

WALELA Cherokee Morning Song - I am of the Great Spirit



ある情報によりますと、リタ・クーリッジは2004年に日本人の大学教授と再婚したとのこと・・・・。老いて尚お盛んであります。その日本人大学教授って誰?  実に興味あります。

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