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4月3日。いよいよ新年度ですね。この経済環境下でかつ年度替りともなれば、皆さんも何かとお忙しいことと思います。しかし小生は年度替りも何もありません。一日一日が流れていくだけであります。それも淋しいような気もしますが致し方ありません。WBCをライブでテレビ観戦しようと夜型の生活パターンから昼型へと変えようと努めてきたのですが、これがなかなか大変で、小生の自律神経がなかなか順応してくれず、いつまでも時差ボケ状態のような感じでブログを更新する気力もありませんでした。やっと少し安定してきたかな・・・・というところであります。

さて春の高校野球も終わり、今日からプロ野球も開幕しました。残念ながらダルビッシュ対岩隈対決は、相変わらずの立ち上がりの悪さでいきなり3失点のダルビッシュの完投負けで終わりました。WBCの韓国戦と同じような展開で結局は負け・・・。ダルビッシュも試合への入り方をもう少し何とかしないと、いくら素晴らしいボールを持っていても勝負では負けてしまうことが過去にも多々ありました。それほどファイターズの打線が貧弱だとも言えますが・・・・。(ダルビッシュが投げるときに打てないという歴然としたデータがあります。)

それにしても暖かくなってきました。今日なんかは初めて最高気温が2桁、10度を超えました。燦々と陽光が降り注ぎいかにも「春」という感じがここ北国でもやっと感じられるような季節になりました。ということで、今日はちょっといつもと時代は変わりますが今日という日に一番ピッタリときたこの曲をご紹介したいと思います。それは・・・・

1978 南沙織 「春の予感 I've been mellow」

MinamiSaori02.jpg

しかし、なんとも大人っぽくなった南沙織嬢ですねえ。同時期にデビューした小柳ルミ子・天地真理らと共に "三人娘" とされ、当時のアイドルの代表格でしたが、小生が一番好きだったのが南沙織でした。歌はそんなにうまくないし、ずば抜けて可愛いというわけでもありませんでしたが、長い黒髪と日焼けした肌の健康的なイメージがとても良かった・・・・。

小生にとっての南沙織は、デビューした1971年当時の彼女であります。デビュー曲は「17才」。

MinamiSaori01s.jpg


このレコード・ジャケットと同じグラビア写真があって、それを切り取って下敷きに挟んでおりました。まさにこの写真。カニの絵柄の白いTシャツに長い黒髪・・・・。ニキビ面の中学生が授業中その下敷きを眺めながらニヤニヤしていたわけです。1971年、1972年のブロマイドの年間売上は第1位ということからも、小生のようなニヤけたファンが多数いた・・・・ということなのでしょう(笑) 彼女の最大の魅力はナチュラルさでした。小柳ルミ子は宝塚あがりの優等生で勝気さが端々から滲み出ていたし、天地真理は良くも悪くも作為的に作られたアイドルという感じでどうもシックリきませんでした。

1971年の春、本土復帰前の沖縄から正式に来日してレコード・デビューした彼女は、ある意味で沖縄返還の象徴的な存在になったと言う意味でもどこかしら強い運を持っていたような気がします。しかしそんな彼女を見つけ出したのは、琉球放送のテレビ番組にゲスト出演したヒデとロザンナのマネージャーだったということのようです。彼が持ち帰った南沙織の写真が新人発掘にやっきとなっていたCBSソニーの関係者の目にとまって、トントン拍子でデビューとなるのですから、やはり強運の持ち主です。

そんな南沙織は「日本におけるアイドルの第1号」と評価されることもあるようです。そして若さや生命感に溢れた歌詞と、歌謡曲とポップスが融合した新感覚なメロディ(筒美京平氏による)は、日本の新たなポピュラーミュージックの道を切り開いたものといえるかもしれません。その意味では今J-POPと呼ばれている音楽ジャンルは南沙織の「17才」から始まった・・・・と言えなくもないのかなと思うとります。

でも歌は本当にあまりうまくなかった・・・。この「春の予感 I've been mellow」は尾崎亜美の作詞作曲によるものですが、ご本人が歌ったもののほうがシットリしていて良いかもしれない・・・・。

尾崎亜美 「春の予感~I've been mellow」

^ω^

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