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4月14日。早いもので4月ももう月半ば・・・・。庭の日陰に残っていた雪も完全に消えてなくなりました。雪解けは嬉しいのですが、雪がなくなると見えてくるのがゴミ。雪の季節にはその姿が見えなくなってしまうためか、あまり罪悪感を感じずにゴミを捨てる輩が多いということであります。「目先目に見えなければ気にしない・・・・。」というような人間の小狡さみたいなものが、雪解けと共に醜い姿を晒し出します。そういう意味では北国の春は生命の息吹と共に、どこか人間というものの醜悪さも感じさせられます。今日もモラルの低い輩が道端に捨て割れてしまった栄養ドリンクのガラス瓶の破片の後始末をしたオヤジでありました。

わが庵の小さな庭にも、昨秋植えた球根から可愛らしい草花が芽を出し花をつけていました。雪が消えて間もない時期に花をつけるのですから、雪ノ下にありながらも既に芽を出して静かに逞しく成長していたんでしょうね。生命力とは大したものです。

わかりずらいですが、写真は左から クロッカス、スノーフレークです。

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さてと、今日も懐かしい70年代の日本の歌謡曲をご紹介したいと思います。今日はちょっと大人の歌です。ちょっと渋めの選択で、坂本スミ子さんの「夜が明けて」であります。

1971 坂本スミ子 「夜が明けて」


いやあ何ともおスミさんのメイク、特に目の周りはすごいですね^^;。ちあきなおみのアイメイクと通ずるところがあるようです。これもまた時代だったのでしょうかね。

この曲は作詞:なかにし礼 作曲:筒美京平。やっぱり筒美京平さんの作品だった・・・・。
この時代は演歌以外のいわゆるJ-POPのリード役は筒美京平さん以外にはなかったということを思い知らされます。その後都倉俊一氏など「スター誕生」系の作家さんたちも活躍するのですが、60年代後半から70年代前半はまさしく筒美京平氏の黄金時代だったと言えそうです。しかしこの曲は筒美京平氏の作品としてはちょっと異色という感じもします。聴いた第一印象は「ん?これはフォルクローレか・・・・・?」 当時はサイモンとガーファンクルの「コンドルは飛んで行く」で、小生などの中学生もフォルクローレの雰囲気というものを知っていたので、その匂いは聴いた瞬間わかりました。まさにアンデスの風の匂いです。いかにおスミさんが「ラテンの女王」と言っても、それはマンボやルンバといった世界のノリノリの音楽であって、同じ南米でもいきなりルクローレとは・・・・。しかしそれを日本の歌謡曲に持ちこんで結果的に見事に融合させてしまっている・・・・・。見事の一言です。本当に頭が下がります。

作詞はなかにし礼氏で、男女の別れの様子を描いたものですが、なかなかこういう感じの楽曲はあるようでなかったような感じがします。よくよく歌詞を聴いていると、実に大人の世界のお話であります。「ベッドの抜け殻」「枕に残るあの人の髪」「灰皿に残るあの人の吸殻」「割れた手鏡」「あせた唇を噛んで切ったルージュの赤」・・・・などなど使われている言葉が実に色っぽく、まさしく大人的です。これがなかにし礼ワールドなのかもしれません。

さて歌っている坂本 スミ子さんですが、この曲のヒットの後小生が彼女の活躍を知ったのは、1983年に主演した映画「楢山節考」で緒方拳演ずる息子に背負われて捨てられていく老婆役を演じたときでした。またそれ以降についてはほとんど芸能界から引退したような形になっていたように思います。ただついこのあいだNHKの「スタジオパークからこんにちは」にゲスト出演されていて、大阪のおばちゃんここに在り・・・という感じを受けました。お元気でした。

おスミさんは学生時代から声楽を学びプール女学院高等部卒業後、1955年(S30)からNHK大阪放送合唱団員として2年間クラシック畑で活躍したものの、合唱よりもソロを歌いたいという自身の思いもあって、大阪キューバン・ボーイズの近藤正春の勧めもあり、ラテン歌手として独立・デビューします。しかしなかなか芽が出ず自殺未遂を図ったこともあったとのこと。その後1959年12月、アイ・ジョージと共に、トリオ・ロス・パンチョスの日本公演の前座歌手を勤めたことで一躍名が知れ渡り、「ラテンの女王」との異名を取る人気歌手になっていきました。1961年から始まったあのNHKの名作テレビ番組「夢であいましょう」の主題歌を歌っているのもおスミさんです。

歌手としての大ヒットはこの「夜が明けて」が最後くらいかもしれませんが、あの「戦争を知らない子供たち」を最初に歌ったのはおスミさんだったとのことのようです。またあのゴッド姉ちゃん和田アキ子が若い頃師事していたのがおスミさんだっとのこと。いかに大物だったかを知らしめるエピソードですね。

また女優としても大活躍されました。1964年頃から映画出演し、今村昌平監督作品では欠かせない常連役者だったようです。そしてあの1983年の「楢山節考」。この作品は大島渚の「戦場のメリークリスマス」を抑えて第36回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞したわけであります。しかしそんな彼女を待ち受けていたのは、大麻騒動(大麻を友人のカメラマン《なかにし礼の弟》に譲渡したという疑惑)でした。結局この事件で彼女は書類送検されるに至り、芸能界の表舞台から姿を消す形になります。

現在は夫の母の後を継いで、聖母保育園幼稚園(熊本県熊本市)の園長として活動する一方、歌手・女優業を続けていらっしゃるようです。それにしてもおスミさんは御年73歳。波乱万丈の人生を送られたにもかかわらず実に若々しかったです。


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