FC2ブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
3月27日。このところ暖かいのか寒いのか分からないようなお天気が続いています。午前中などは晴れの時間が多く部屋は温室状態になるのですが、風は強く外に出ると結構寒かったりします。午後から夕方にかけては雲が多くなり時折雪も舞います。既に列島各地で桜満開の便りが届いている一方で、こちらでは雪の華が舞っています。春近しされどまだ遠し・・・・といった感じです。

さて、先日は和製ボサノバ・デュオとして期待された「ヒデとロザンナ」をご紹介しましたが、日本の歌謡曲界は60年代末から70年代初頭のこの時期、ある意味方向感覚を失っていたような感じがしないでもありません。テレビの普及がグループ・サウンズのブームをもたらす一方あっという間にそれも去り、ついで第一次フォークの台頭。根強い演歌を除けば、その他の歌謡曲といえば新たなポップスを模索していたような感があります。そのせいなのか外国人歌手がやけに多く登場します。ベッツィ&クリス、ゴールデン・ハーフであるとか、ヒデとロザンナ、欧陽菲菲 etc etc。そしてその後は南沙織・小柳ルミ子・天地真理といった女性アイドル路線に走っていきます。

そんな混沌とした中、実に奇妙なグループが登場し、あっという間に消えていきました。そのグループが<平田隆夫とセルスターズ>でした。

小生くらいの世代の人間ならおそらく覚えているだろうという曲が「ハチのムサシは死んだのさ」であります。実際に曲を歌えるかどうかは別として、「あー、あの曲ね」と答えるのではないかと思うほど、強烈なインパクトを持ったシュールでありながら妙に明るい曲でありました。で、本日ご紹介するのはその「ハチのムサシは死んだのさ(1972)」の前年に発表された「悪魔がにくい」であります。

1971 平田隆夫とセルスターズ 「悪魔がにくい」



1971年に発売された彼らのデビュー曲にあたるこの曲は、翌1972年の2月にはオリコン1位に輝き、その後ロングセラーを続け累計でミリオン・セラーとなりました。実に不思議な味わいを持った曲であり、グループでありました。セルスターズは明らかにグループサウンズではありませんでした。またフォーク・グループでもありませんでした。ピンキーとキラーズのようなポップ・グループともちょっと肌合いは違っているし、あえて言えば黒沢明とロスプリモスなどとは違う新しいタイプのムード歌謡グループだったのかもしれません。

しかし別の側面から見れば、自分たちで曲を作って演奏しているのだから、フォーク的でもありニュー・ミュージック的と言えないこともありません。ルックス的にはパンタロンにトンボ眼鏡やヒゲや長髪・・・。どちらかと言えばアメリカのフラワー・ムーブメントに乗っかったようなアンダーグラウンド的、ヒッピー的なキャラクターでありました。スタンス的にはフォークに近かったのかもしれませんが、楽曲自体はポップスど真ん中・・・・。

実はリーダーの平田隆夫氏が目指したものは、日本版セルジオ・メンデス&ブラジル66だったということらしいんです。小生も以前ご紹介しましたが、確かに当時セルジオ・メンデス&ブラジル66の音楽的先進性は目を見張るものがありました。多分平田隆夫氏はものすごい憧れがあったのではないかと推測します。その気持ちも音楽人としては充分理解できるような気もします。

実際グループのメンバー構成は全くセルジオ・メンデス&ブラジル66と同じです。女性のツインボーカルにバックが男性3人。リーダーはセルジオ・メンデスでピアノ。セルスターズはセルジオ・メンデスの位置に平田隆夫氏が入っているという構図です。そして平田隆夫氏はセルジオ・メンデスと全く同じ形のヒゲをはやしているんですな。それほどまでにセルジオ・メンデスに心酔していたのかな・・・・と想像します。

しかし類似点はそこまでで、姿かたちで言えばメインになる女性のツインボーカルからして全く別物でありました。丸メガネにおでこを出した三つ編み風のヘアスタイルにカーボーイハットといったスタイルの「みみん あい」さん。もう一人の女性ボーカルの「村部レミ」さんもどう見てもラテン(ボサノバ)的なイメージとは重なりません。それどころかその真逆・・・・。これでセルジオ・メンデス&ブラジル66を真似たと言われても俄かには信じられない・・・・。そんな点も全く不可思議であります。

では、曲のほうはどうだったのか?というと、セルスターズはセルメンの代名詞とも云える「マシュケ・ナダ」をカバー、その他のセルメン的ポップス曲もカバーしているらしいのですが、それだけでなく他のスタンダード・ナンバーや「レット・イット・ビー」、更には「ある愛の詩」などもカバーしているんですな。もうこのあたりをみても何を目指しているのかわからなくなってきます。

そして実際の彼等の出すサウンドですが、確かにコンガやラテン・パーカッションをリズムに取り入れてはいるものの、メロディラインが実に日本歌謡曲的でそれが強く前面に出ているためトータルとしてラテンぽさが感じられないし、ましてやボサノバ的な繊細なモダンさなどとは全く別物・・・・。逆に言えばそれほどまでにオリジナリティ・個性が強烈なんです。それはそれで実に素晴らしいことなのですが、平田隆夫氏ご本人にとっては満足できるものではなかったのかもしれませんね。一生懸命洗練されたセルメン的な音楽を志向しながらも、自らの持っている日本的な音楽的ルーツからどうしても抜け切ることが出来なかったというディレンマがあったのかもしれません。だからこそ、これだけ高いオリジナリティと演奏技術があったにもかかわらず短命に終わったのかもしれません。

でもやはり優れた音楽は支持される・・・・。この「悪魔がにくい」が100万枚を越えるミリオン・セラーになったのも、間違いなくその音楽が多くの人にしっかりと評価された結果であると思ったオヤジでありました。

Secret

TrackBackURL
→http://fgmc.blog87.fc2.com/tb.php/202-407c6ee1
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。