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2月7日。晴れのち雪。今日も今日とて体調がスッキリしないオヤジであります。持病の眩暈感がずーーっと続いていてなかなかシャキッと行動できません。こうなると気持ち的にもシュリンクしてきまして、長く伸びてきた髪も鬱陶しくなり、散髪に行きたいのですがそれもままならず、余計に頭部の不快感が増しているような感じがしております。体調とはおかまいなしに髪の毛だけがしっかり生命力を発揮することにかなりイラッとしているオヤジであります。ハア・・・・

前回はエルトン・ジョンの大ヒット曲「Your song」をご紹介しましたが、偉大なエルトン・ジョンの経歴をもう少しだけご紹介しておきたいと思います。

1970年に発表されたエルトン・ジョンの2枚目のアルバム「Elton John 邦題:僕の歌は君の歌」からシングル・カットされた「Your song」が大ヒットとなり、エルトン・ジョンの名前が一躍全世界に広まったわけですが、彼のキャリアは実はもっともっと昔に遡ります。

エルトン・ジョンの本名はレジナルド・ケネス・ドワイト。1958年にわずか11歳でロンドン王立音楽院の奨学金を獲得した早熟な神童でありました。17歳にしてポップ・スターになることを夢見て音楽院を退学した彼(レグ・ドワイト)を当時人気の高かったブルース・シンガー、ジョン・ボールドリーが彼のバンドであブルー・ソロジーに迎え入れます。1966年のことでした。それから3年後の1969年1月、レグ・ドワイトはエルトン・ジョンと名乗り「レディ・サマンサ」というシングル盤でデビューすることになります。

このエルトン・ジョンという芸名は、ブルース・シンガーのジョン・ボールドリーと同じバンドのサックス奏者だったエルトン・ディーンからとったものでした。そしてエルトン・ジョンは1969年5月に2枚目のシングル「It's Me That You Need 邦題:イエス・イッツ・ミー」を発表します。ここでこの曲をどうぞ・・・・。

1969 Elton John 「It's Me That You Need」


この頃のエルトン・ジョンはまだまだ音楽に対して生真面目さが感じられますね。詩的世界を大切にしてどこかに繊細さをたたえた作風で、一生懸命心情を訴えるようなナイーブさを湛えた歌い方です。音楽的にもストリング・オーケストラを多用した美しい曲という印象があります。

このシングル「It's Me That You Need」を出した翌1969年6月6日には全曲オリジナル書き下ろしのアルバム「Empty Sky 邦題:エルトン・ジョンの肖像」を発表します。このアルバムに収められた作品の全ては詩人を夢見る20歳の若者バーニー・トーピンが書いた歌詞にエルトン・ジョンが曲を付け歌ったものでした。ここに運命に導かれるかのようにして、エルトンとバーニーという二人の若き天才コンビが誕生したわけです。そして翌1970年にこの「Your song」が収められたセカンド・アルバム「Elton John 邦題:僕の歌は君の歌」が発表され、70年代初めから半ばにかけてのエルトン・ジョンの快進撃がスタートするのであります。

作詞家のバーニー・トーピンと共に、このアルバム「Elton John 邦題:僕の歌は君の歌」の制作スタッフであるプロデューサーのガス・ダッジョンとアレンジャーのポール・バックマスターの3人がその後のエルトン・ジョンのヒット路線を支える主力メンバーとなっていきます。その意味でもこのアルバムは彼にとって初めてのメジャー・ヒット作であるとともに、長期にわたって活躍を続けるエルトン・チームの原形ともなった極めて意味深い1枚だと言えるかもしれません。

そんなエルトン・ジョンですが、1972年の「Honky Chateau」から作風は一転ポップなものに変わり、それまでのイメージを大きく覆えすことになります。音楽性のみならずファッションでも奇抜な格好をするようになり、エルトン・ジョンと言えば大きくデフォルメされたメガネをかけた、オチャラケたポップ・スターという姿が真っ先に頭に浮かぶようになります。そんなイメチェンの効果では無いのでしょうが、このアルバムはエルトン初の全米 No.1アルバムとなり、シングル・チャートでもロックン・ロール・ピアノ・ナンバーの「Crocodile Rock」がこれまた初の全米 No.1に輝きます。

翌1973年には最高傑作と言われているアルバム「Goodbye Yellow Brick Road 邦題:黄昏のレンガ路」を発表、その年の年間アルバム・チャートの首位を制します。その後のエルトン・ジョンはまさに飛ぶ鳥を落とす勢い・・・・。1972年から1975年の間に発表したアルバムがすべて全米 No.1を記録するなど、とてつもないスーパー・スターに登りつめます。まさにエルトン・ジョン黄金時代でありますな・・・・。

そして1975年にリリースされたアルバム「Captain Fantastic And The Brown Dirt Cowboy」は、アルバム・チャート初登場で第1位 というエルビス・プレスリーやビートルズでさえ成し遂げられなかった史上初の快挙を達成するのでありました。偉大なりレグ・ドワイト!であります。拍手

ただ小生にとっては、エルトン・ジョンといえば、商業的に大成功を収めたポップ路線の彼ではなく、どこか翳りのあるナイーブさに満ちたデビュー当時のイメージがまさしくエルトン・ジョンなのであります。最初は自分のやりたい音楽をやっていたものが、後半は大衆の求める音楽・おカネになる音楽をやるようになっていったような感じがします。もちろんそれも、それだけの才覚があるからできることですが、これこそアーティストにとってのディレンマなのかもしれませんね。日本でもユーミンなどにもそんな傾向を感じるオヤジであります。

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