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1月24日。今日は昨日から一転本当に寒くなりました。日中もさることながら、深夜になって深々と冷え込んでいます。久しぶりにマイナス10度を下回っているのじゃないかと思います。

小生はといえば、今日もまた外に出ることなくのんべんだらりと再放送された「のだめカンタービレ ヨーロッパスペシャル版」を見て過ごしました。夜はまともなテレビがなくなりましたねえ・・・・。夜は9時からフジテレビ系で「誰も守れない」というスペシャルドラマがあったので見てみました。多少興味があったのですが、正直あまり面白くなかった・・・・かな。ちなみにこの番組を企画したフジテレビの亀山千広映画事業局長、小生には懐かしい名前であります。学生時代一緒にバスケットボールをしたことを思い出します。もう30年以上も前になるんですねえ・・・・・。ハァ。

それはさておき、今日も音楽シリーズいきましょう。ダンヒル・レコードの名曲の数々をご紹介してきましたが、その悼尾を飾るのは、スリー・ドッグ・ナイトの「Joy To The World 邦題:喜びの世界」です。

スリー・ドッグ・ナイトは小生の中学時代のお気に入りのグループの一つでした。なけなしの小遣いで彼等のシングル盤を2枚買いました(下記)。今でも手許に残っています。中学生当時は純粋にこれはロック・バンドだと思い込んでいました。が、この年になっていろいろ情報を集めてみると、どちらかというとロックバンド風ボーカル・グループと呼ぶのがふさわしいのかもしれません。

   ThreeDogNight01.jpg   ThreeDogNight02.jpg


ずっとダンヒル・レコードという一種独特なレーベルのことを書いてきましたが、このダンヒル・レコードにあって稼ぎ頭であり、ちょっと他のケースとは扱いが違うのがこのスリー・ドッグ・ナイトだったようです。

ダンヒル・レコードは、プロデューサーが楽曲を作り、スタジオ・ミュージシャンがバッキング・トラックを作ったものに、ボーカルを重ね録りして、適当なバンドメンバーを揃えて売り出す・・・・といった手法を得意としていたのは間違いの無いところなのですが、このスリー・ドッグ・ナイトに関しては、ほとんどがセルフ・プロデュースで彼等の自主性に任せられていた・・・・という大きな特徴があります。そのため、アルバム・セールスが極端に弱かったダンヒル・レコードにあって、彼等のアルバムだけはしっかりとヒットし、長年にわたって音楽ファンに愛されました。

本日ご紹介するのは、スリー・ドッグ・ナイトをスターダムにのし上げた1970年のアルバム「Naturally」に収められた「Joy To The World」と、翌1971年のアルバム「Harmony」に収められた「An Old Fashioned Love Song」です。ではどうぞ・・・・。

1970 Three Dog Night 「Joy To The World」


「Naturally」は彼らのアルバムの中でもっともソウル色が濃く、泥臭い楽曲が多く収録されています。元々がゴスペル音楽やR&B、ソウル・ミュージックを音楽活動の出発点としていたメンバーの原点をまさに自然に表現した形です。そしてこのアルバムでスリー・ドッグ・ナイトはアメリカン・ポップ・ミュージックの頂点に登り詰めたのです。この「喜びの世界」は6週にわたって全米No.1を続け、200万枚を突破する記録的大ヒットとなりました。

1970 Three Dog Night 「An Old Fashioned Love Song」


この曲はカーペンターズの「愛のプレリュード」や「雨の日と日曜日は」などを作曲したポール・ウイリアムスの作詞作曲になる曲です。前作のアルバム「Naturally」に対して6作目の「Harmony」はソフトで甘くメロディアスな仕上がりになっています。特にギターとオルガンのサウンドがこの甘さと美しさを生み出しています。この曲は全米第8位にとどまったものの、日本においてはこの曲をもってスリー・ドッグ・ナイトの名前が確実に認知されるに至ったと思います。

スリー・ドッグ・ナイトの事実上のプロデューサーはボーカル3人衆の一人、ダニー・ハットンなのでしょう。モンキーズ・メンバー・オーディションに失敗したダニーは次に、スリー・リード・シンガーのロック・グループを作ろうというアイディアを持って、以前一緒に仕事をしたコリー・ウェルズとチャック・ネグロンを誘います。これでヴォーカル・セクションは出来上がり、次に4人のインストゥルメンタル・セクション(ジョー・ジャーミーbass、マイク・オールザップguitar、ジム・グリーンスプーンkey、フロイド・スニードdrums)のスカウティングに成功。こうして7人グループのバンドが完成し、1968年5月ロサンジェルスの「ウイスキー・ア・ゴー・ゴー」にて正式にステージ・デビューを飾ります。

その後1968年11月にルー・アドラーのダンヒル・レコードと契約し「ノーバディ」でレコード・デビュー。以後23枚のシングル曲を発表しているのですが、そのうちTop50以内が21曲、Top30以内が19曲、Top10ヒットが10曲、そしてNo.1ヒットが3曲、ミリオン・セラーのシングルが7曲・・・・・。オリジナルアルバムは14枚発表され、Top30以内に12枚、Top10以内に5枚記録されており、ゴールド・アルバムは12枚・・・・。まさにアメリカ・ポップ・シーンの代表的なバンドとなったわけです。

しかしスリー・ドッグ・ナイトの最大の特徴は、カバー専門ともいえるロック・コーラス・グループだったということです。しかし、彼らはかつてのヒット曲をただ単にカバーするのではなく、ほとんどが当時まだ無名だったアーティストたちの作品を彼らが見つけだし、それをカバーしヒット曲に仕上げていった・・・・。ある意味では新人アーティストたちにチャンスを与えるとともに、彼等の優れた楽曲を紹介するという伝道師であったと言えるかもしれません。その選曲センスの良さとアレンジ力こそがスリー・ドッグ・ナイトの成功の鍵だったのかもしれません。もっともその陰には、常に何百枚ものレコードを選曲対象としてストックしチェックを怠ることが無かった・・・・という努力があったようであります。

もう一点は、彼らはアメリカのポップ・ミュージック界の伝統であるコンサート活動に力を入れていたことがあげられます。これはヴォーカル・セクションとインストゥルメンタル・セクションが完全に分業していたためそれぞれの専門性が高く、ステージで大きな力を発揮することが出来たということが言えるかと思います。

自主的なプロデュース、ライブに強い本格的なバンド、若手アーティストのカバー主体の楽曲構成・・・・、どれをとってもこれまでのダンヒル・レコードの枠組みからはみだしてしまうのが、スリー・ドッグ・ナイトであります。しかしレコード会社側としては、放ったらかしていても自分たちで仕事を進め、ガンガン稼いでくれるのだから文句のつけようがなかったのでしょうね。

日本では「喜びの世界」の一発屋的なとらえ方をされている観もありますが、どっこいアメリカを代表する偉大なバンドであると小生思っております。

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