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12月26日。地獄のような一日でありました。昨夜からの猛烈な吹雪は収まるところを知らず、午後遅くなってやっと止みました。それまでゼロだった積雪量が一日で45センチ。吹き溜まりでは70センチくらいまで積み上がりました。小生の家の前庭も吹き溜まりで悲惨な状況になっておりました。

これからもまだ吹雪が続くとの予報なので、とにかく今積もっている分を取り除かないとと思い、意を決して除雪作業を始めました。もちろん人力、小生一人の一人力です。かなり気温は低いので雪は軽いだろうと思ったのが大間違い。意外と水分を多く含んだ湿った雪でした。小生の家の前庭は実は結構な面積があって、全体をやっと片付け終わったのは作業を始めてから3時間後・・・・・。

作業途中でも肩で息をする感じになって、何度も休憩を挟みました。やっと終わって家の中に入り、着替えをしたら物凄い量の汗・汗・汗・・・・・。これだけ汗をかいていながら作業中は暑いという感覚が全くありませんでした。それくらい寒かったんでしょうな。おそらくマイナス10度くらいだったのかと思います。

とにかく今はカラダがだるいです。腕も脚も筋肉痛であります。この除雪作業と言うのは、エアロビクス(有酸素運動)とウエイト・トレーニングを同時にやっているようなもので、かなりキツイものです。普段ほとんど運動らしい運動もしない小生にとってはまさに地獄のような作業でありました。
あーーー、明日が怖い・・・・・。

今もパンパンになってだるーい腕でキーボードを叩いています。

さて、今日お話したいのは、「松本零士さん敗訴、“盗用発言”で槇原敬之さんの名誉を棄損」というニュースについてであります。概要は次のようなものです。

 歌手の槇原敬之さん(39)が作詞した歌詞が、漫画家の松本零士さん(70)に盗用だと決めつけられたとして、槇原さんが松本さんを相手取り、著作権を侵害していないことの確認と損害賠償を求めた訴訟の判決が26日東京地裁であった。

 清水節裁判長は「2人の表現が酷似しているとは言えない」と認定したうえで、松本さんのテレビ番組での発言について名誉棄損を認め、220万円の支払いを命じた。

 問題となったのは、槇原さんが人気デュオ・CHEMISTRYに提供した楽曲「約束の場所」の「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」という一節。松本さんは自作「銀河鉄道999」の「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない」というセリフの盗用だと主張し、テレビ番組で、槇原さんも盗用を認めているかのような発言をしていた。

 判決は、松本さんの発言について「事実ではない」と認定。著作権侵害の有無は、訴訟で松本さんが損害賠償請求権を放棄したため、明確には判断しなかった。

(2008年12月26日22時01分 読売新聞)

この記事を読んで、小生が真っ先に思ったことは、「結局やり得っちゅうことね。」

歌詞の場合は、使われている言葉(単語)とその関連性や、その言葉(単語)が嵌め込まれた位置というものが、真似たかどうかの争点になるのではないかと考えるのですが、その観点で両者の内容を見れば、ハッキリ言ってこれはあまりにも似すぎています。

槇原敬之がどんな言い訳をしようが、先にこの一連の言葉を用いて文章として公になったものが存在する以上、その後に創作されたものはモノ真似だと評価されても致仕方ないのではないかと小生は思います。

音楽の場合よりも歌詞の世界はその使える語彙ははるかに豊富であり、ましてやそれを一連の文章にした場合多様性はもっと広がりますから、既存のものとそうそう似かよるものではありません。音楽の場合は使える音程は12音のみで、それの組み合わせでしか曲を作らざるを得ないので、どうしても既存の曲と似てしまうということはある程度理解できます。しかし歌詞の場合はどうでしょう?

今回の歌詞の「夢」「時間」「裏切る」という言葉が共通していること、並び順は違っているものの、対句表現も共通しているとなれば、これは誰がどう見たって槇原敬之のパクリです。使われている言葉もその表現の仕方もありきたりのものではありません。「あなたを いつまでも 愛してる。あなたも いつまでも 愛してね。」などという良く使われるような歌詞とはちょっとわけが違います。

パクリと言うのは言いすぎかもしれません。意識的に盗用したものではないとしても、頭のどこかに松本零士氏の「銀河鉄道999」にあったこのセリフが記憶として残っていて、それが創作活動の中で頭に浮かんだ・・・・・。槇原敬之にしてみれば全くの独創だと思ったとしても、実は槇原敬之の脳が思い浮かべた過去の記憶だったということは充分考えられることです。

こんなことは誰にでも起こりうることです。人間の脳は見たり聞いたり読んだりしたものを全て記憶しているという学説が主流になっています。それがふとした拍子に甦る可能性は否定できません。にもかかわらず、槇原敬之があくまで自分の独創であると主張したことと、逆に盗用だと決めつけられたとして損害賠償訴訟を起こすというのは、どんなもんなんでしょう?

もし小生が槇原敬之の立場になったと想像してみると、歌詞が似ているという指摘を受けたら、「昔どこかで読んだことがあったのかもしれない・・・・・。」と謙虚に考えてみるのではないかと思います。そしてその可能性について松本氏に正直に伝え、「意識してのことではないが、非常に似通ってしまったことについて謝罪」したのではないかと思います。どう考えてもそうするのが常識的だと思えるんです。

こうして釈明・謝罪をしたにもかかわらず、「意識的な盗用だ」として訴訟を起こされたのなら「意識的だったかどうか」を争点として争うこともあるかもしれませんが、今回のケースでは、松本氏は「謝罪さえしてくれたらいい」と言って、著作権侵害に対する損害賠償請求権を放棄しているんです。なぜ素直に謝ることが出来なかったのか、それが小生良く分かりません。昨日SMAPのことを書きましたが、やはりビッグ・スターの驕りなのでしょうか・・・・・。

しかし今回の裁判で「2人の表現が酷似しているとは言えない」と認定した清水節裁判長という人物は一体どういう感性をしているのかと愕然とします。全く文言が一言一句一致していなければ酷似しているとは判断しないのでしょうか? 全くもって理解に苦しみます。

こんな判断が下されて、オリジナルの作者が盗用者に名誉毀損の損害賠償を支払うのが当たり前になってしまったら、もう「ヤリ得」オン・パレードになるのは必至です。著作権については非常に厳しい判断が続いている中で、最も著作権侵害に近いこのケースがお咎めなしとは、全く変テコリンな世の中です。よほどカネを積んで敏腕弁護士を雇ったらこうなるのかな・・・・。

槇原敬之よ、こんな結末になって満足かい? 後々になって「あ、そういえば昔銀河鉄道で読んで妙に引っかかったんだった・・・・・」と思い出したらどうする? もう取り返しはつかないよ。その後ろめたさを一生背負っていかなくちゃいけない。結局オリジナルの作者を侮辱し自分自身も侮辱することになるだけで何の得もないのに・・・・・。今度は自分が逆の立場に立たされるのがオチだよ。そう因果応報。

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