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12月20日。いよいよあと10日で2008年も終わりですな。にもかかわらず、ここ北国は時ならぬ大雨であります。以前ユーミンの「12月の雨」をご紹介しましたが、あれはあくまで東京のお話であって、北の国ではあり得ないタイトルだったのですが、それがこちらでもピッタリ当てはまる時代がくるなどとは想像の外のことであります。

しばらく小生の愚痴と憤りともつかぬことを話しておりましたが、また音楽の話に戻りましょう。

前回はスコット・マッケンジーの「花のサン・フランシスコ」でしたね。
そしてキーワードは、「反戦平和」 「自然回帰」 「ヒッピー文化」 「フラワー・ムーブメント」そして「ドラッグ」でした。

それを具体化したかのような映画が大ヒットしました。そうあの「Easy Rider」
主演はピーター・フォンダ。そしてその彼がマックスウエル・コーヒーのCMに起用されていました。

こうつながってくると、やっぱり次のご紹介するのはこの曲しかありません。

1968 Steppenwolf 「Born to Be Wild」

Steppenwolf01.jpg   EasyRider01.jpg


映画「Easy Rider」はいわゆるアメリカン・ニューシネマというジャンルにはいるのでしょうか・・・。アメリカでは1969年公開。日本公開は翌1970年1月でした。

メキシコからロサンゼルスへのコカインの密輸で大金を得たワイアット(キャプテン・アメリカ:ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)は、金をフルカスタムされたハーレー・ダビッドソンのタンク内に隠し、カリフォルニアからマルディグラ(謝肉祭)の行われるニューオリンズ目指して旅に出る。

農夫の家でランチをご馳走になったり、ヒッチハイクをしていたヒッピーを拾って彼らのコミューンへ立ち寄ったりと気ままな旅を続ける2人。しかし旅の途中、無許可で祭りのパレードに参加したことを咎められ留置場に入れられる。そこで二人は弁護士ハンセン(ジャック・ニコルソン 今はかの御大がここではまだ洟垂れ小僧扱いです・・・・)と出会い、意気投合する。そして、ハンセンの口利きで釈放された2人は、ハンセンと共にニューオリンズに向けての旅を続ける。しかし、「自由」を体現する彼らは行く先々で沿道の人々の思わぬ拒絶に遭い、ついには殺伐としたアメリカの現実に直面する……。(以上 Wikipediaより)

この映画でも「ドラッグ」「ヒッピー」「共同体生活」というものがキーワードになってきます。また「アメリカ南部の保守性」という点もあげられるのかな・・・・。

残念ながら小生は封切りと同時に見てはおりません。おそらく封切りから3年くらい経った頃(小生が高校生になってから)名画座でのリバイバル上映を見たのではなかったかと思います。その理由は、ロードショウなど高くて絶対見れなかったわけで・・・・。しかし正直言って映画自体の記憶は非常に曖昧です。ひょっとしたら映画館で隣に座った女の子に注意がいってしまって覚えていないのかもしれません。(映画ファンのみなさまゴメンナサイ。)

この映画の背景にあるドラッグやヒッピー文化、フリーセックスなども全く理解の及ぶ範囲を超えていましたし、結局何が言いたかったのか良く分かっていませんでした。
そんな中でも圧倒的に記憶に残ったのが、サウンドトラックとして使われたロックのなかでも群を抜いてこの曲でした。まずはみなさんの記憶を呼び覚ましてみてください。

1968 Steppenwolf 「Born to Be Wild」



どうです? この疾走感・ドライブ感は当時他に類を見ないものでした。バイクにまたがってハイウエイを疾走するシーンにこれほどジャスト・フィットする曲は今でもそうそうあるものではありません。それが何と1968年のロック・ミュージックだというから驚きです。

映画「Easy Rider」では音楽にロックが多用されています。この「Born To Be Wild(ワイルドで行こう)」を筆頭に、バーズやジミ・ヘンドリックス等の楽曲が用いられていますが、あまりにこの曲のインパクトが強すぎて、小生の中では他の楽曲はどこかへ吹っ飛んでしまいました^^。バイクのエキゾースト・サウンドに続いてイントロが流れ、楽曲へとなだれこんで行くところなどは、あまりにも自然で映画と音楽がまさに一体化しています。

さてこの名曲を生んだステッペンウルフですが、実は1964年に結成されたカナダのトロントのブルース・バンド「ザ・スパロウズ」(The Sparrows)をその原点とするようです。その後1967年にサンフランシスコに移住し、ブルース、サイケデリック、フォークが混合されたようなロックミュージックを演奏していたようですが、ダンヒル・レコードのプロデューサー、ガブリエル・メクラーと出会い、ステッペン・ウルフとバンド名を改め、彼のアドバイスもあってより強烈なビートを展開する音楽へと舵を切ったのです。今聴いても斬新さを失わないこの名曲「Born To Be Wild(ワイルドで行こう)」は、まさにその後のハード・ロックやヘビー・メタルの先駆者であったと言って過言ではないと思います。

このステッペン・ウルフというバンド名の由来は、ヘルマン・ヘッセの小説『荒野のおおかみ』(Der Steppenwolf)から名付けられたそうです。

何でまたヘルマン・ヘッセ(「車輪の下」の作者として日本でも有名ですよね)なのか?

実はこのバンドでボーカルをつとめている中心的人物、ジョン・ケイは1944年4月12日ドイツ・東プロイセン・ティルシット(現ロシア・カリーニングラード州ソヴェツク) で生まれたんですな。ドイツ兵であった父親は彼が生まれる1ヶ月前に東部戦線で戦死したこともあって、彼が4歳のときに母親とともに故郷を逃げ出し、更にソ連の支配から逃れるために東ドイツから西ドイツへ移動し、最終的に1958年にカナダへ移住したということだそうです。

なんと、典型的なアメリカン・ロックだと信じ込んでいたこの曲を歌っていたのはドイツ人だったわけです。これまた驚きであります! そして1927年に発表されたヘルマン・ヘッセの小説『荒野のおおかみ』(Der Steppenwolf)とは、第一次世界大戦の後再び戦争に向かおうとする社会状況や、急速に発達する文明に翻弄され自らや社会に対して無反省に日々の生活を送っている同時代の人々に対して強烈に批判したアウトサイダー的作品・・・・。だということです。(Wikioediaより)

ドイツ人のジョン・ケイにとっては、ベトナム戦争に倦み疲れたこの時代が、かつてヘルマン・ヘッセが描いた<急速に発達する文明に翻弄され流されていく姿>と重ね合わさって見えたのかもしれませんね。それに対する批判や皮肉な意味を込めて『荒野のおおかみ』(Der Steppenwolf)をあえてバンド名とした・・・・。そこにジョン・ケイの思いが込められているような気がしますし、そのアウトサイダー的立場は終始変わらなかったようです。

しかし、ほんとに名曲ですね。ハード・ロックの原点という感じがします。この曲の歌詞の中にに「ヘビー・メタル」という言葉が表れますが、それは金属の塊であるバイクを喩えた言葉でした。しかし後世この言葉「ヘビー・メタル」がロック・ミュージックのジャンルを意味するようになったのは、まさにこの曲に対するロック・ミュージック関係者の並々ならない尊敬が込められているようにも思えます。

この「Born To Be Wild(ワイルドで行こう)」に匹敵するくらいの疾走感・ドライブ感があって、ハイウエイを疾走するシーンに似合う曲は、1972年に発表されたディープ・パープルの「ハイウエイ・スター」くらいでしょうか。でも「ハイウエイ・スター」もしっかりこの「Born To Be Wild(ワイルドで行こう)」を意識して作られているのは間違いの無いような気がしております。音符

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