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12月14日。ん?赤穂浪士の討ち入りの日・・・・。大石内蔵助の家紋と小生の家紋がたまたま同じなもんで、どうも他人事とは思えないオヤジでございます。

今日も寒い一日でした。日中は雪はほとんど降りませんでしたが、その分寒さを厳しく感じます。北海道でも日高山脈をこえた十勝地方や釧路地方ではあまり雪が降りませんが、寒さは尋常ではありません。ただ深夜を過ぎてから雪が静かに静かに降り積もり始めました。この分だと朝までに15センチくらい積もりそうな感じです。

さて、またまた音楽のお話に戻りましょう。

前回、前々回は、「マンチェスターとリバプール」「ハロー・リバプール」とイギリスのいわばご当地ソングでした。ということで、小生の頭の中はご当地ソングつながりばかり考えてしまいます。と言っても、北島三郎御大の「函館の女」でも、鶴岡正義と東京ロマンチカの「小樽の女よ」でも、北原ミレイの「石狩挽歌」でもありません。もちろん内山田洋とクールファイブの「長崎は今日も雨だった」でもありません。洋楽のご当地ソング・・・・。

それは1967 The Beegees 「Massachussetts」

またまた60年代に戻ってしまいましたが、この曲がどうしてもアタマから離れません。

beegees02.jpg

ビージーズ は、英国王領マン島ダグラズ生まれの英国人の三人兄弟を中心に構成された男性ボーカルグループですが、1958年に両親と共にオーストラリアに移住。1963年オーストラリアでレコード・デビューし数々のヒットを飛ばし、1966年にはオーストラリアNo.1の人気グループになります。1967年には更なる飛躍を目指し両親を説得しイギリスに戻ります。そして発表されたのがこの「マサチューセッツ」でした。

彼らは1960年代から2000年代まで息の長い活動を続け数多くのヒット曲を生み出しましたが、2003年、メンバーのモーリス・ギブが急逝したことにより、グループとしての活動は終了することになります。

何はともあれ、まずはお聴きください。

1967 The Beegees 「Massachussetts」


最近のビージーズしか知らない方は、ビージーズといえばディスコ・ミュージックと思われるでしょうが、この美しく哀愁を帯びたコーラスこそビージーズの3人兄弟の魅力です。この曲はイギリスに帰国した1967年、メジャーデビューして初めて全英1位に輝きました。日本でも68年に他の邦楽を押しのけオリコン1位になった大ヒット曲です。

1967年は、まさにポップ・ミュージックの歴史が大きく動いた年と言われています。そうこの年の6月1日にビートルズがあの「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」を発表したのです。このアルバムによって、それまでダンス・ミュージックとしてしか扱われなかったロック・ミュージックが、まさに一つの音楽芸術として認められるようになったのでした。

このような激動の中、拠点をイギリスに移したビージーズ。ロンドンでオーディションを受け見事合格、デビュー・アルバムをリリースし、全英8位のヒットとなります。

この「マサチューセッツ」は、デビュー・アルバムがリリースされた1967年8月の翌月の9月にシングル・リリースされたものですが、この曲を聴いたビートルズのマネージャーのブライアン・エプスタインが曲の美しさを褒め称え「この夏には、この曲はヒットする」と言葉を残し、数日後にあの世へと旅立っていった・・・そうです。

この曲の後には、あの映画主題曲「小さな恋のメロディ」が 大ヒットします。これもぜひお聴きください。

Youtube動画 : 1971 【映画音楽】 小さな恋のメロディ Melody Fair The Beegees

いつもお世話になっているS.Hideさんの「なつメロ英語オールディーズ」にこの曲に関しても、興味深い解説がありましたので、よろしければご覧ください。

その解説によると、1967年当時はヒッピー文化全盛期でした。 「マサチューセッツ」の主人公の若者もヒッチハイクで東海岸から西海岸へ行って見ようとしたようです。でもやはり故郷が懐かしく忘れられない。で I will remember Massachusetts と歌っている・・・・・ということのようです。古き良き価値観を捨て切れずにいる若者の戸惑いを歌ったものかもしれませんね。

しかし、イギリス(厳密には違うんですが・・・・)で生まれ育ち、オーストラリアに移住したもののまたイギリスに戻り、そしてアメリカのご当地ソング「マサチューセッツ」を歌う。何ともワールド・ワイドです。でも全部がかつてのイギリス領だと考えれば、当人にすればあまり違和感は無いのかもしれません。

しかし、イギリスのマン島ってご存知でした? 小生は全く知りませんでした。

British_Isles_Isle_of_Man02.jpg

マン島は、グレートブリテン島とアイルランドに囲まれたアイリッシュ海の中央に位置する淡路島ほどの小さな島。リバプール港の対岸の島ってイメージでしょうか・・・・。首都はダグラス (Douglas) 。人口は約8万2000人。法的にはグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国の一部ではなく、自治権を持ったイギリス王室属国 (Crown dependency) 。またイギリス連邦(commonwealth)の加盟国でもある。

すごいですね。淡路島くらいの規模で自治権を持っているんですって。これなら北海道も日本から独立できるかも・・・・・。kao04

先ほどオリコン週間シングルチャートで、洋楽で初の1位となったと書きましたが、オリコンチャートは、1968年1月に正式スタートしています。まさに激動の1967年を受けて日本にもヒット・チャートが誕生したわけですね。ちょっと興味があったので、この時のオリコン・チャートを調べてみたんですが、ランク・インしている曲は次のようなものでした。

【 週間シングルチャート 】1968年4月1日付

1.マサチューセッツ / ビー・ジーズ
2.恋のしずく / 伊東ゆかり
3.ゆうべの秘密 / 小川知子
4.神様お願い / ザ・テンプターズ
5.デイドリーム / ザ・モンキーズ
6.ケメ子の唄 / ザ・ダーツ
7.こころの虹 / ジャッキー吉川とブルーコメッツ
8.亜麻色の髪の乙女 / ヴィレッジ・シンガーズ
9.盛り場ブルース / 森進一
10.あの時君は若かった / ザ・スパイダース

1968年というと、小生が小学校5年生?6年生?・・・・。ふむふむ。思い出しました。その頃たしか札幌で北海道博覧会なるものが開かれたと思います。そのとき、ステージで小川知子さんが「ゆうべの秘密」を歌っていました。間違いない!

そしてこのオリコン・チャートにある「ケメ子の唄 / ザ・ダーツ」と「こころの虹 / ジャッキー吉川とブルーコメッツ」のシングル盤、しっかり今も手許にあります。いやあ懐かしい・・・・・。ニコニコ。 正面

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