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12月8日。今日は気温が上がりました。昨晩まではカチンコチンに凍っていた道路や、辺りにうっすらと積もっていた雪は、日中一気に溶け切って完全に姿を消しました。白の世界からまた黒の世界に逆戻りです。なんでかわかりませんが、またまた今日も終日軽いものの鈍い頭痛で、何とも意気上がらない一日となってしまいました。

12月8日といえば、真珠湾攻撃「ニイタカヤマノボレ」、日米開戦の日ですね。冬にはるか北の果てアリューシャン列島から出発した連合艦隊の攻撃で戦争が始まり、真夏の8月、はるか南から米軍が日本列島に迫り、東京大空襲や二発の原子爆弾という無差別攻撃で戦争が終わったんですね・・・・・。

安倍晋三元総理の就任の際「憲法改正」論議が大きく取り上げられましたが、最近また「日本は核を持て」だの、「日本という国を日本人が守らなくてどうする」的な軍事礼賛的な風潮が高まっているような感じがしています。しかしよくよく考えてみれば、そのような意見を言っている本人や家族は戦場に赴くことはまずないんですよね・・・・・。この一点のみをとりあげても、軍備拡張論者には小生は賛成する気にはなれません。


話はガラッと変わりますが、また明るい70年代ポップスでも聴いて、平和な世の中に感謝しましょう。

今日ご紹介するのは、イギリスのポップ・グループ、カプリコーンの「ハロー・リバプール」です。

Capricone01.gif


カプリコーンは、ロンドンで、1969年11月にリーダーのColin Travers(コリン・トラバース)、当時19才の女性リード・ボーカルのSue Avory(スー・アボリー)を中心に3人組みのバンドとして発足しました。ロンドン周辺のクラブでのライブ活動を経てプロでビューしたものの、なかなか陽の目を浴びませんでした。

そんな彼らでしたが、1971年に英国BBC・TVのミュージカル「ライム・ストリート行の電車はない」の主題歌として作られ、ファンの強い要望でシングル化された「ハロー・リバプール」が日本で大ヒットとなり、文化放送の<All Japan Pop 20>で1971年4月から5月にかけて洋楽チャートの1位にまで登りつめました。このとき1位の座を争ったのが、フランシス・レイが作曲しアンディ・ウイリアムスが唄ったかの名曲「ある愛の詩」でした。またオリコンでも洋楽として11位にランク・インしたのは大したものです。

では聴いてやってください。(これも代替がない貴重な音源ですので、ご賞味はお早めに・・・・)

1971 Capricorn 「Liverpool Hello」



スー・アポリーのエコーたっぷりのボーカルは<クリスタル・ヴォイス>と呼ばれたりしましたが、確かにキラキラしていて魅力的ですなあ・・・・。

しかしこのカプリコーン、2作目がコケまして、いわゆる一発屋で終わるかと思ったのですが、1972年に東京で開かれた第3回世界歌謡祭(YAMAHA主催)にイギリス代表として出場し、「恋のフィーリング」でグランプリを獲得、見事に返り咲いたのでした。

1971年から1974年までの4年間に、MCA,CBS,EPICから合計6枚のシングルをリリースしましたが、「ハロー・リバプール」も「恋のフィーリング」も母国イギリスではヒットとなることはありませんでした。いわゆる日本で大ヒットしたのに、母国イギリスでは注目を浴びなかったポップ・グループの一つということになるのでしょうか・・・・。

まあそれも、当時のイギリスの音楽事情や商業方針など様々な要因があってのことだと思いますが、純粋にポップスとしてはとても素晴らしい楽曲なんじゃないかと小生は思うとります。当時の日本人の耳も結構捨てたモンじゃない・・・・・ってとこでしょうか。^ω^

そうそう、いつもお世話になっているS.Hideさんの「なつメロ英語オールディーズ」に素晴らしく、興味深い解説がありましたが、これはまた次回の曲にも関係あるので、次回ご紹介させていただくことにして、本日はここまで・・・・ということで。



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