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12月6日 やっぱり昨日の雨は雪に変わり、今日は一面真っ白の世界に早変わりです。

急に寒い日になりましたが、これがある意味当たり前。午後8時頃、実家に向かう途中にある温度計を見たら、マイナス6度でした。

懐かしいCMソングを3曲ほど紹介しようかな・・・・と思っていたんですが、その矢先に候補に上げていた1曲がYoutubeから削除されてしまいました。非常にレアな楽曲で代わりが存在しません。ということで、最終回にと思っていたこの曲をご紹介します。

そう、皆さんお馴染みのサントリーオールドのCM曲、1967 サイラス・モズレー 「人間みな兄弟/夜が来る」です。「ロン・ボン・ディラン シュビダ・ディン オデーエーエエーオー・・・」のスキャットと言えば、懐かしく思われるのではないでしょうか。

小生も少しばかりギターが弾けるようになった中学生頃、この曲を耳コピーして適当に弾いていたことを思い出します。

この「人間みな兄弟/夜が来る」はサントリーオールドのCM曲として作曲されたもので、作曲者はあのCM音楽の巨匠小林亜星氏。そしてオリジナル・バージョンは男性のスキャットとギター伴奏によるもので、スキャットを歌ったのは、当時上智大学の教授であったサイラス・モズレー氏ということだそうです。

この「人間みな兄弟」のタイトルは、かつて壽屋(サントリー)宣伝部に所属していた開高健氏が考えたキャッチコピーで、小林亜星氏がこのキャッチコピーからインスピレーションを得て作曲したと伝えられています。ちなみに厳密に言えば、スキャット・バージョンの曲名が「人間みな兄弟」で、後に歌詞がついたバージョンが発表されたときの曲名が「夜が来る」ということらしいです。

では懐かしの世界にタイムスリップ GO!

1967 サイラス・モズレー 「人間みな兄弟」

 

映像は80年代オールドのCMに出演していたリー・ヴァン・クリーフ氏。マカロニウエスタンの悪役大スターです。このスキャット&ギターの「人間みな兄弟」がシンプルで心に染みますなあ。何ともいえない深み・味わいが心に染み込んでくるようです。何度でもリピート再生で聴きたくなります。

こちらに実際のCMバージョンの動画がありましたので、よろしければどうぞ。

・Youtube動画 : サントリー・オールドCM 1974 顔編 (いい年をとっている顔ですなあ・・・・)

・Youtube動画 : サントリー・オールドCM 成人を迎える息子への手紙編 (もう泣きそうです)


しかし、サントリーの宣伝部の人材はすごかったですね。前に出た開高健氏や山口瞳氏などの錚々たる作家が鎮座ましましていたんですもんね。小生も昔々仕事で茅ヶ崎市を回っていたとき、開高健氏の自宅の前を何度も通ったことを思い出しました。

ただ、小生は元々北海道生まれ・北海道育ちの生粋道産子ですから、ウイスキーといえばやっぱりNiika党なんですな。高校1年生で初めて悪事を覚えてウイスキーを口にしましたが、それはHi Nikka でした。場所は以前お話したススキノに一人暮らしをしていたクラスメイトの部屋で・・・・・。たいして飲みもしなかったのに、ひどく悪酔いしたのだけは確かです。怖い

そしてススキノといえば、Nikkaのステンドグラス風のあのネオンサインですよね。

Nikka04.jpg

ニッカの顔ともいうべき、Black Nikka のラベルの人物像、「King of Blenders」のネオン看板。大阪ならさしずめ道頓堀の江崎グリコのネオンサインに匹敵するものです。でもこういう地域の特色がハッキリ出たネオンサインはとても魅力的ですよね。東京にはそんなものがあるでしょうか? 銀座で目に付くのは<マル源>のビルのマークかな・・・・・?

しかしそんな小生も北海道を離れ、学生として東京暮らしになってからはニッカを飲む機会はほとんどなくなって、もっぱらサントリーでした。しかもオールド(ダルマ)なんぞは高嶺の花で、やっとこさ飲めたのはサントリー・ホワイト。ちょうど当時はジャズ・シンガーのサミー・デイビス・ジュニアがCMをやっていたっけ・・・・。

ジャズの練習を終えると丁度夜の6時頃で、その足でメンバーと高田馬場のさかえ通りへ直行です。その一番奥にある「鳥やす」で腹ごしらえをして、向かいのジャズ酒場の「DUO」でジャズ談義やら恋愛談義やらをしながらホワイトをしこたま飲む・・・・。ボトルを1本入れて結構おつまみを食べて、4人で行って一人だいたい1500円。終電もなくなり、そのまま中落合・目白とダラダラ歩いて小生のアパートのあった椎名町へ。そこで仲間と雑魚寝・・・・・。

それくらい練習が終わると必ず飲んでいました。そんなことから、ジャズ研のリサイタルの際には「アルチューる評議会」というありがたいバンド名を頂戴しました。

いやあ懐かしい思い出です。

それで、いざ就職というとき、小生が一番の候補に考えた先がニッカ・ウイスキーでした。就職は1980年だったんですが、当時も今ほどではないにしろ結構な就職氷河期でした。2年前の1978年の第二次石油ショックの影響で、世間はまだまだ不況ムードだったわけです。

でも「なんでニッカ・ウイスキーなの?」ってことですが、要は品質ではサントリーを圧倒しているのに、販売面でサントリーにこれほど水を開けられているのが納得できず、これを何とかしたいと本気で考えていたんですな。

で、事前にニッカ・ウイスキーを訪ねたところ、「今年は新卒を採用しない」との返事。「そこを何とか・・・・」と頼み込んでも結局埒が明かぬまま会社訪問解禁日の10月1日に。この日は就職活動をする者にとっては「ヨーイ・ドン」の号砲が鳴る貴重な日で、この日に会社訪問しなければ、まず入社は難しいと言われていました。そんな中小生がとった行動はと言えば、いの一番に向かった先が日本橋の「ニッカ・ウイスキー」。バカですよね・・・・。

先方の人事担当者が出てきて、「何で来たの・・・・」と呆然とした顔。「君の熱意は充分わかったけれども、どうやっても採用することはできない。」「頼むから、他の会社を急いで訪問するように・・・・」と最後には逆に懇願される始末。

そんなこんなでニッカ・ウイスキーへの就職は叶わず、第二希望の会社へと就職することになったのですが、今から振り返ってみれば、ここにも大きな人生の転換点があったように思います。

その後社会人になってニッカが飲めるときは、いつもニッカを飲んできました。最初は「G&G」(サントリー・オールドのライバル商品)、それからはもっぱらスーパー・ニッカ(サントリー・リザーブのライバル商品)だったなあ・・・・。

あれだけ飲んできた小生が、今では特に酒を飲みたいとも思わなくなった・・・・。不思議です。

いやあ、ついつい思い出話をダラダラと・・・・。失礼しました。
これもこの懐かしCMソングのせいかも・・・・・。笑い。

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