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11月29日 晴れのち曇り夜から雨。今日も暖かい一日でした。数日前までの厳しい寒さから少しだけ解放されてうれしいのですが、残念ながら小生自身は終日軽い頭痛で鬱陶しい気分で過ごしました。
こんな日はなかなかブログの記事も満足に書けないので、以前書き溜めておいたものに少しだけ手を加えて書いています。お許しください。


で、本日のデタラメ五・七・五
「暖かい 雨で溶け出す 陰ごおり」

これは昨日のデタラメ五・七・五「お陽さまの 恵み届かぬ 陰ごおり」と対になっています。

昨日の句は、「あの強い熱エネルギーの放射で、お陽さまの光が充分届くところの氷は溶けて乾いているのに、日陰になってその光を受けられない場所の氷は凍ったまま。」ひいては、「順風な環境にある人にはいろいろな恵みが届くけれども、なかなか運命的に恵まれない人には、その光も届かず、厳しい環境から抜け出せない・・・・。」という諦観のような意味を込めていたのですが、しかし今夜の雨を見て、「うん? こんなこともあるのか・・・・?」と思いました。

それは、太陽の光は直接届かなくても、そのエネルギーで空気が暖まり、お日様が姿を隠した夜中に降る雨が、日陰の氷も溶かしてくれる・・・・ということです。日陰の氷もある条件がそろえば変化できるということです。どんな状況でも全く希望が無いということではない・・・・ということですかな。

よくあるたとえ話に「北風と太陽」がありますよね。寓話の中身については皆様ご存知でしょうから触れませんが、ただこの話から受ける印象は、<北風が悪で太陽が善>という白か黒か的な感じですな。それと同様にお天気についても、<晴れが良くて雨は良くない>というどこか偏った決め付けを自分の頭の中でしていたように思います。確かに雨の日は憂鬱になるし、小生の場合体調も優れないことが多いので、ついつい雨や曇りを悪者にしがちなのですが、それは大きな間違いだということにやっと気付いたということです。

それともう一つは、<どんなもの(状況)にも、それ相応の役割が与えられているのではないか?>ということです。晴れには晴れの、雨には雨の役割がある。あったりまえのことなんですが、ついついそれを見失っていたようです。それと同様に「こんな自分にも何か役割があるのではないか・・・・・。」
それがどんな役割なのかを見つけ出すのは難儀な道のりなのでしょうが、何の役割も無いということに比べれば、どこかに希望のようなものがあるような気がして、少しだけ勇気づけられたような気がしました。

前振りが長くなっちゃいました。さてさて本日もいきますよ、60年代ポップス・非英語編。さてと今度はフランスからアルプスを越えてイタリアへと移動します。フレンチ・ポップスならぬイタリアン(カンツォーネ)・ポップスというところでしょうか。

その第六弾はこれ!1969 Gigliola Cinquetti 「La pioggia」(ジリオラ・チンクエッティ 雨)

Cinqetti01s.jpg

本当はもうちょっと古い別の曲を考えていたのですが、今日は「雨」に教えられたということもあって、あえてこの曲をセレクトしてみました。

いつもお世話になっているS.Hideさんの「なつメロ英語オールディーズ」にもこの曲の訳詩がありました。そしてその解説でS.Hideさんはこのようにおっしゃっています。

「雨をテーマにした曲は本当にたくさんありますね。どの曲も聞いてみると音楽でありながら雨を感じさせる(カリフォルニアの青い空をのぞき)のはさすがプロの作品。 またそれぞれの雨の降り方が違って聞こえるのも楽しいですが, このようなライバル(?)の多い中でズバリ『雨』と言い切ってしまった強気のタイトルのこの曲の場合も, 私にはイタリアらしくカラフルな傘がいくつも開いているようなイメージが沸く雨の歌の傑作に思えます。」

なかなか素敵な解説ですな。小生は歌詞の意味が分かっていないので、イメージだけですが、「ちょっとやそっとの雨なんぞ、何するものぞ・・・・」という感じを受けました。「雨もまたたのし・・・・。」ってところでしょうか。それにしても、<カラフルな傘がいくつも開いているようなイメージ>とは、まさにイエイエの60年代のヨーロッパを感じさせますねえ。ニコッ♪

といことでお聴きください。

1969 Gigliola Cinquetti 「La pioggia 邦題:雨」


1969年のサン・レモ音楽祭の映像をセレクトしてみました。

音質のいいレコード音源でお聴きいただくにはこちらをどうぞ。

Youtube動画 : 雨 ジリオラ・チンクェッティ

ジリオラ・チンクエッティは1947年12月20日イタリア北部ベローナ生まれ。 1963年のカストロカーロ新人コンテストで優勝し, 翌年16歳のときにサン・レモ音楽祭で『夢見る想い No Ho L'eta 』を歌い優勝。 さらにユーロビジョン・ソング・コンテスト1964 に同じ曲で臨み、イタリアからの出場者としては初の優勝を果たして一躍有名歌手の仲間入りに。さらに1966年18歳のときに『愛は限りなく』でサン・レモ音楽祭2回目の優勝。 『雨』は1969年のサン・レモ音楽祭の入賞曲(優勝曲はボビー・ソロの『涙のさだめ Zingara 』) でした。

当時、カンツォーネ・ブームの日本では、ボビー・ソロと共に本国イタリアを凌ぐ人気となり、日本語の録音も残しているようです。また、伊東ゆかり、弘田三枝子などの日本人歌手が彼女の曲をカヴァーしています。1979年に結婚、そして二人の男の子の育児に専念するため「太陽のとびら」を置き土産に引退してローマに転居。その後、1989年のサン・レモ音楽祭への出場を契機に完全復帰し、1990年にはデビュー25周年ツアーを欧州で行ったそうです。1991年、復帰後初のアルバム「Tuttintorno」を発売。以後も1993年に来日コンサート開催、95年「Giovane vecchio cuore」でのサン・レモ出場など、現在でも積極的に活動していらっしゃるようです。

彼女にとっては運命の鍵は何と言っても「サン・レモ音楽祭」なんでしょうね。全てはそこから始まって、そこで育っていった・・・・。

もう少しだけ、ヨーロピアン・ポップスいきますよ^^。グー!



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