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11月26日 いよいよ師走も近づいてきました。ということは小生もまた一つジジイになるっちゅうことですか・・・・・ハァ。

今日は久しぶりに晴れのいいお天気になりました。でもこれも今日限り。明日は少し気温が上がって雪ではなくて雨になるとの予報です。路上の氷が一端雨で溶けて、夕方からはまっ平らなスケートリンクの一丁上がり。これが厄介なんですよね。冬の北国の生活で一番危険なツルツル路面。いつにもまして外に出て行く気になれません。

で、本日のデタラメ五・七・五
「久かたの お陽さま眺め 林檎噛む」

なぜか最近林檎を良く食べています。小生が子供だった頃は果物といえば林檎。風邪をひいて熱があるときなどはオフクロが林檎をすりおろして食べさせてくれたものです。今のように物流システムが整備されておらず、否応なく地域で生産されたものを食べるのが当たり前だったからでしょうね。

北国では林檎が最も一般的な果物です。今でこそ葡萄やらサクランボやら栽培する果物の種類も広がってきましたが、昔は林檎くらいしかありませんでした。本州では果物といえば枇杷があり、柿があり、冬にかけては蜜柑がありますよね。でも極寒の北海道ではそれらは冬を越えられず、唯一その根性があるのが林檎だったんですな。

秋になると、雑な造りの木箱にいっぱい林檎が入ったものを買って、それを寒い物置に置いて取り出しては食べていました。昔は今の品種とは全く違った林檎がありましたねえ。例えば小生が一番好きだった「旭(あさひ)」。いまや幻のリンゴとまで呼ばれるようになってしまいました。実際当地のスーパーでも売っていませんし、おそらく全国のデパートでも買えないでしょう。でも食べたいなあ・・・・・。

AppleAsahi02s.jpg


「丸かじり」がベストな品種です。そんなに大きくなくてどちらかといえば小ぶりな林檎です。皮が薄くてパンと張りがあって、丸かじりすると「パリッ!」と皮が弾け、滴るような酸味溢れる林檎のジュースと何とも言えない香りが口に中に広がります。真っ白な果肉はしっかりと実が詰まって固く、しっかりとした歯応えがあります。小生の中では「King of Apple」です。「旭」があるときは、他の林檎には手が出ませんでした。

この「旭」ですが、カナダ原産で日本に入ってからの品種改良などは行われていない非常に古い品種のようです。Apple社のMacintoshというコンピュータがありますが、このMacintoshが、まさにこの「旭」というリンゴの英語名だということらしいです(というか、Macintoshの国内名が「旭」ということらしい・・・・)。

この「旭」の生産量がどんどん減っていった最大の理由は「日保ちしない」こと。品種的にも早生なのですが保存が効かず、すぐに「ボケ」てしまうんですな。そうなるとあの固い歯ざわりの魅力が無くなってしまって味もガクンと落ちてしまいます。秋に収穫したものを11月中には消費までもっていかなくちゃならんということで、生産する側が嫌った結果のようです。

小生は林檎は皮ごと丸かじりが好きで、甘いものより酸っぱいもの、歯ざわりのしっかりしたものが好きなのですが、そんなこんなで最近では「旭」の変わりに「茜」という品種を好んで食べていましたが、これも早生種のためもう手に入らず、今の時期はジョナ・ゴールドという林檎を食べています。

おっと、林檎の話で終わってしまうとこだった・・・・イカン イカン。



本日も60年代ポップス・非英語編。その第三弾はこれ!

1965  フランス・ギャル 「夢 見るシャンソン人形」

FranceGal01.jpg


フランス・ギャルって、まさにフランスの女の子?って感じですが、これはれっきとした芸名のようです^^。
本名はイザベル・ジュヌヴィエーヴ・マリ・アンヌ・ギャル(Isabelle Geneviève Marie Anne Gall )。
1947年10月9日フランスのパリ生まれ。お父さんは元歌手で作詞家のロベール・ギャル。
1965年3月、17歳のときにイタリアで開かれた第10回ユーロビジョン・ソング・コンテストでなぜかルクセンブルグ代表(確かヴィッキーもルクセンブルグ代表・・・・出場枠が余ってたのかも^^)として出場。この『夢見るシャンソン人形』を歌ってグラプリに輝き一躍世界に知られる歌手となります。

この曲の作詞・作曲はギャルの父親の知人で、あの問題作『ジュ・テーム』の作者でもあるセルジュ・ゲンスブール。50代の方なら絶対一度は聴いたことがある懐かしのメロディですよね。

1965 France Gall 「Poupée de cire poupée de son:夢見るシャンソン人形」


岩谷時子さんの名訳による日本語盤も登場しましたし、日本人の歌手によるカバーもあって当時の日本人なら誰もが聴いたことがある曲のひとつだったのではないでしょうか。小生なんぞも「私は夢見るシャンソン人形・・・・」なんて良く歌詞の意味も分からず鼻歌を歌っていたものです。

フランス・ギャル。どことなく少女っぽさが残った歌い方と歌声が何とも可愛らしいです。ちょっと先輩格になるシルビイ・バルタンやフランソワーズ・アルディが大人のオンナという雰囲気が強いせいか、フランス・ギャルが一層少女っぽく思えるのかもしれませんね・・・・・。

その後も「涙のシャンソン日記:Attends où va-ten」や「天使のためいき:Nous ne sommes pas des anges」 が立て続けに日本でもヒットし、1966年6月には来日公演も果たしました。

私生活面では、90年以降旦那さんと娘さんを亡くすという悲しい出来事に見舞われたようで、必ずしも幸せとは言えないのかもしれませんが、でも歌手として一生を決定してしまうような運命的な曲に巡り会ったことは、やはり幸せなことなんでしょうね・・・・。

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