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11月25日。今日も冷え込みました。暖房を強めにしても背中のあたりがスースーする感じがして、温度計も20度そこそこにしかなりません。こんな日は本当に薪ストーブのように目に見える火の暖かさが欲しくなります。

では本日のデタラメ五・七・五
「いつからか 時も止まって 凍てついて」

本日も60年代ポップス・非英語編。その第二弾は 1964 Sylvie Vartan 「La Plus Belle Pour Aller 邦題:アイドルを探せ」です。

どんどん時代を遡っていってるような気がしないでもないですが、やはりフレンチ・ポップスでシルビイ・バルタンを外すことはできませんよね。でも1964年って東京オリンピックの年・・・・・。

小生はおそらくリアルタイムでは聴いていないと思います。この5年後くらいに彼女が来日した際シルビイ・バルタンのブームが再燃して、リバイバル的に耳にしたんじゃなかろうかと思います。

シルヴィ・バルタンがデビューしたのは、1961年17才の時でした。当時といえばロックンロールが世界中の若者たちのハートを捕らえ、シャンソン一辺倒だったフランスでも新しいムーブメントが起こり始めた時代だったのでしょう。伝統的なシャンソンをベースにしながらロック調のリズムを乗せたものがフレンチ・ポップスと呼ばれ、60年代に世界中に広がりました。まさにその時にこの愛すべき可憐なシンガーが登場したわけで、彼女はそのフレンチ・ポップスの草分け的な存在でした。

SylvieV01.jpg


ただこのフレンチ・ポップスですが、フランス語も日本語と同様にロックのリズムに乗りにくい言語ということなのか、その後70年代に入って急速にしぼんでしまいます。小生の知る限りでは、あのミッシェル・ポルナレフが最後の世代ではなかったでしょうか・・・・。ロックの音楽世界がインストゥルメント重視・シャウト型ヴォーカルという形でヘビイ・ロックへと変化して行く中で、フランス語はなかなかフィットしなかったのかもしれませんね。

実は小生フランス的な音楽世界が結構好きだったりします。ジャズでもヴァイオリン・ジャズの草分けであるステファン・グラッペリなんぞは、一部では邪道と言われたりもしますが本当に大好きですし、クラシックではドビュッシー、サティ、フォーレなどなどお気に入りです。まあそんなこんなで、フランス語の洋楽も大切にしたいという気持ちがあります。

話が長くなってすいません。ではお聴きいただきながらお読みいただけると幸いです。

1964 Sylvie Vartan 「La Plus Belle Pour Aller :アイドルを探せ」



この曲を聴いていると60年代の匂いが感じられるようです。ロック的リズムをベースとしながらも、クラシック的雰囲気を持ったストリングスがバックをかため、何とも言えない「そこはかとない哀愁」があります。ロックではなくまさしくフレンチ・ポップス・・・・。いいですねえ。

いつもお世話になっているS.Hideさんのサイト「なつかし英語オールディーズ」にこの曲の訳詩がありました。英語のみならず仏語まで・・・・。スゴイです。

そこでS.Hideさんもこのように感想を述べられています。
《録音技術が完璧でなかった時代の,どこかこもった感じの音が, かえって味を出しているように思えます。短波放送を聞くときのように遠いフランスから音が聞こえてくるような音。異国の地に憧れ思いを馳せながら曲を聞くというのは,パスポート持っていればちょっと近所にお買い物感覚でフランスに行くとか、パソコンのキー一つでフランスの情報が画面に現れるという今の時代にない趣があります。現代の若者には、60年代70年の若者が経験したこの感覚がないでしょう。》

最後にシルビー・バルタンについてネットで拾ったこぼれ話を少々ご紹介させていただきます。

■話は飛んで・・・・1964 January
パリはまだビートルズ狂時代に突入していませんでした。オランピア劇場に集まった聴衆は、トリニ・ロペスに声を合わせて合唱し、口を尖らせてポーズをとるシルビー・バルタンを見つめることには熱心でありましたが、ビートルズにはほとんど関心を示しませんでした。
ビートルズはパリで不愉快な気分を味わいました。!!
メンバーは言ったのでした「フランス人なんて、なんなのさ!」  『ビートルズストーリー』より
参照 : 洋彰庵本舗 アイドルを探せ


■シルビー バルタンの事
余談になるが、プランタンが銀座に出店するとき、シルビーを相談役として起用、店作りに彼女の意見が取り入れられている。来日回数も多く、カタコトの日本語を話せる。また昭和41年に来日したときに 、レナウン のコマーシャルに出演、曲の詩から「イエイエ」という言葉が流行、イエイエ娘というニックネームもついた。(中略) ラスベガスでショウをおこなったり、フランスはおよばず、アメリカでも人気があった。大きな自動車事故にあったにもかかわらず再起をはたした。
「アイドル」の語源は、彼女の歌からきている。
参照 : Akirachan's World アイドルを探せ


■なぜ、シルヴィ・バルタン(sylvie vartan)が、イェイェの女王と呼ばれているのかご存じですか?
レイ・チャールズの「ホワット・アイ・セイ」を、シルヴィは二枚目の録音としてフランス語でカバーしましたが、この曲間に入る合いの手「イェー、イェー」がイェイェの語源となったからです。この新しい音楽文化イェイェは、あの5月革命まで隆盛を極めます。(中略)

「レナウン・ワンサカ娘」のCMソングは、特に好きでしたが、最近のCMでは、「あなたのとりこ」が使われていますから、シルヴィなんか知らないよ!って言う方は、ちょっと注意して聴いてみてください。
この曲もシルヴィ・バルタンの代表曲の一つですから、60'sが決してカビの生えた古いサウンドではなく、光りを失っていないことを実感して頂けると思います。
参照 : シルヴィ・バルタン レコードジャケットコレクション

さて、明日はどんなお話になるやら・・・・・?

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