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2009年12月31日午前1時・・・・・。いよいよ2009年も大晦日を迎えました。しかし異常気象であります。真夜中になって「ん?何か様子が変だなあ」と思って外を見てみると、日中降り続いていた雪が雨に変わっていました。山下達郎は「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう」と歌いましたが、それは昭和の時代のお話で平成の時代は「雪は夜更け過ぎに雨へと変わるだろう・・・・。」 まあそれは言いすぎですが、大晦日に雨が降るなんてことは50数年生きてきましたが記憶にありません。

さてと、まあ大晦日でもあり2009年をしみじみと振り返ってみようかなということで。

夢屋新之助的 2009年10大ニュース

1. 昨年12月、ネット(このブログ)を通じて当時は触れ合うことのなかた大学時代の同級生と遭遇。
2. 5月 ローカルCM音楽作曲のオファーが来るも、不景気でCM企画自体がボツに。
3. 6月 Mixer購入
4. 6月 地元社交界への本格デビュー(外で飲むだけの話)
5. 6月 中学時代のバスケット部の親友と再会
6. 7月 中学時代の同期会開催に向けての準備作業開始
7. 8月 サラリーマン時代の同期の仲間との再会
8.10月 中学時代の同期会開催(37年ぶりの再会)
9.12月 ドラマ「ミエルヒ」の放送
10.12月 20年ぶりの人前でのJazzPiano演奏

こう見てくると、金銭的な意味での景気のいい話は全くなかったということですなあ。それと前半は全くもって何にも仙人だったなあということ、ただ後半はすごかったなあと自分でも思います。あと夢屋的には今年の漢字は間違いなく「再会」であります。あえて1文字だとすると「再」なのか、それとも「縁」となるのか決めかねるところであります。

また、自宅に引き籠っていた小生が外の世界に引きずり出されたという意味では、「変化」の年でもあったかなあと思います。このまま外の世界に少しずつでも出て行けるようになるのか、それともまた引き籠りに戻るのかは何とも微妙なところという感じもありますが、それは自分自身の覚悟次第ということだけははっきり分かりました。通常の生活をされている方には信じられないことかもしれませんが、この「外に出て行くこと」にものすごい勇気を必要とする人間もいるのであります。

2009年は地元の仲間が引っ張り出してくれました。それに応じてこわごわながらも出て行くことができた年になりました。2010年はまずその状態を維持すること、そして自分の方から出て行くようにすることが目標になってきそうです。

さて、最後に今年を締めくくる曲をご紹介したいと思います。去年はEaglesの「Desperado」でしたね。

何をさて置いても、今年はやっぱり吉田拓郎氏の「元気です」これ以外にはありません。この曲は今回の同期会のテーマとなりました。初めて発行された同期会誌のタイトルも「げんきです」にしました。どんなに自分が辛く困難な状況(心身の状況も含めて)にあっても、あえて「元気です」と答えて笑おう。「元気がないんだ」と口にすることで自分にそう暗示をかけてしまう。言葉にはそういう魔力があります。ならば逆手にとって、多少虚勢を張ってでも「元気です」と口にしよう。そうすればきっと本当に元気が戻ってくる・・・・。仲間たちが必ず元気をくれる・・・・。そう俺たちは信じる! という一種の決意表明みたいなものでもあります。
ぜひ歌詞に耳を凝らして聴いてやってください。決して単純な4年間の春夏秋冬の歌ではありません。

吉田拓郎 「元気です」(アルバム アジアの片隅で より)


この曲は以前にもご紹介したものです。(2008.10.06 死にたい場所で生きる
よろしければこちらも思い出しついでに読んでやってください。
このとき書いていた事柄が、「ミエルヒ」というドラマという形になって今年私の前に現れたようにどうしても感じてしまいます。おっとまた話がそっちへ飛んでいってしまいました。スンマセン。

さてもさても、今年も小生の拙い与太話にお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。来年も一日一日を愛しく大切に「元気です」と笑って過ごされますよう、夢屋新之助心よりお祈り申し上げてお礼にかえさせていただきます。良いお年をお迎えください。

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2009.12.27 忘年会 
12月26日。毎日寒いです。ここ1ヶ月ほど鼻の調子が悪く、先だってあまりに辛いので耳鼻科を受信したところ副鼻腔炎と診断され治療を続けていますが、なかなか良くなってくれません。持病の鼻詰まりが副鼻腔炎の影響で更に悪化し本当にシンドイです。加えて風邪のウイルスが鼻腔内の炎症を引き起こしているそうで、何ともいえぬ重苦しい痛みがそれに加わるなど、クリスマスも何もない小生であります。

以前から「12月26日に忘年会をやろう」と地元の友人から誘われていたのですが、長時間の宴に耐える自信がなく二次会からの参加ということでお願いしました。そして午前0時近くに「2次会場所に皆揃ったから来い」と電話があり、いそいそと降り積もった新雪を踏みしめながら会場に向かいました。

二次会の地元のスナックではもうかなりの盛り上がりで、大カラオケ大会が始まっていました。小生も到着するなりいきなり、今では小生のテーマ曲だとでも言うように、吉田拓郎の「元気です」を歌わされました^^。実はあの曲結構エネルギー使うんです。着いた早々そんな有様で、早くもパワーメーターはエンプティ近くに振れましたが、その後何とか盛り返しました。女性陣がテレサ・テンを歌えば、男性陣は松山千春に浜田省吾・・・・、いやあそのエネルギーの凄いこと凄いこと。こんなエネルギーの渦中にいると、自然とエネルギーがチャージされるのかもしれません。

午前1時にその店を追い出され、次に向かったのがジャズ屋さん。時間も時間ということもあって店内は貸切状態であります。で、何とそこで20年ぶりに人前でピアノを弾くことになりました。まあ気心の知れた仲間うちだから出来た事ですが・・・・・。オーナーのドラマーと一緒にやろうと促され「じゃあチョコットだけ」ということで弾いてみることにしました。何とも勢いというのは怖ろしいものです^^。その実態は指は動かず、コード進行は忘れるはで散々な演奏でしたが、正直楽しかった・・・・・。もっとちゃんとした音楽を演奏したいと思いました。「よしこれから頑張って勉強し練習しよう!」と強く思いました。

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因みに演奏した曲は。「Satin Doll」「Bye Bye Blackbird」「My Foolish Heart」「One Note Samba」「Take the A Train」何と恥ずかしげもなく5曲も弾いたんだ・・・・・。(アワアワ)

慣れないことをしたせいか、心拍数が上がりカラダは熱くなりました。そして冷めやらぬ軽い興奮を抱えて皆が4次会に向かう中帰宅しました。3時間の忘年会でしたが、やけに中味の濃い3時間となりました。やっぱり仲間と過ごす時間はかけがえのないものだと再確認でありました。まあそれだけ小生が寂しがり屋だということだけなのかもしれませんが。

そうそう、この忘年会で小生のブログを見ていた女性の友人に「ミエルヒ」について質問を受けました。「いろいろゴチャゴチャ書いているけど、結局面白かったの?面白くなかったの?」と。これにはハタと困りました。面白い面白くないという基準では答えることができないのであります。ということで、「とにかく心に何かしら沁み込んでくるような作品だったよ」と答えておきましたが、どうも納得できない風でありました。まずは「見てみなさい。」ということでDVDを届けることで納得してもらいました。どんな感想が聞けるか楽しみなオヤジであります。
「ミエルヒ」に関してあちこちネットサーフィンしていたら、Youtubeに「ミエルヒ」のメイキング動画がアップされていました。というわけでご紹介させていただきます。

まずは、泉谷しげる氏と一緒に他の番組をやっていて、今回もチョイ役で出演した小島加奈子ちゃんが撮影現場をレポートしたものです。これがなかなかいいんです。15分程度ありますが、お暇ならちょっとご覧ください。





もうひとつは、北海道ローカルで放送された「ハナタレナックス」という番組での1コマです。こちらは5分程度です。





本編をご覧になれていない方、雰囲気はこんな感じです。

久しぶりに戻ってきたかと思ったら、この寒波の最中にいきなり暑苦しい話でしたね。そこはまあ寛大な心でご容赦ください。しかし しかし もう少しだけこの話は続きます。

というのは、今年2009年わが故郷の江別を舞台にしたテレビドラマが制作され、先の12月19日(土曜日)に北海道地区で放送されました。その後九州の朝日放送系列局でも逐次放送されており、低い地鳴りのような評価の声が上がり始めています。そのテレビドラマとは、あのオバケローカル番組「水曜どうでしょう」のチームが制作した、2009年度HTB(北海道テレビ放送)スペシャル・ドラマ「ミエルヒ」であります。

画像  

このドラマは「故郷って何だ?」「故郷で生きるって幸せなの?」「そもそもなんでここで生きてるの?」などを問いかけたドラマで、ストーリー的にも故郷を離れて10年間音沙汰も無かった主人公がある日突然故郷の家に帰ってくるところから話が始まります。

実際このドラマの企画が持ち上がったのが昨年2008年12月、具体的な脚本作りのための準備作業が始まったのが今年の4月、撮影が10月、そして放送が12月というスケジュールだったそうです。これが小生たちの中学の同期会開催に向けてのスケジュールと微妙に重なり合っているんですな。そしてその問いかけているテーマや思いがまたどこか重なり合っている・・・・・。これだけ重なってくるとちょっと怖いくらいであります。小生なんぞは単なる「偶然」という言葉で片付けてしまえない心持ちになっており、ドラマ制作スタッフの一人にでもなったかのような気持ちで放送を食い入るようにして見ました。

その感想を同期会のHP上で述べたのですが、ここに再掲させていただきます。

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うーーん、何と言ったらいいんだろう。
ビデオ録画して2度見ました。2度見ても分かったような分からないような・・・・・。
われらが故郷江別の美しい姿は圧巻でしたし、役者さんもその風景に自然に溶け込みつつ、個性を存分に発揮して実に見事なものでした。 

映像はもうチャラチャラしたテレビドラマの枠を遥かに超えていました。ビデオ録画したものからCM部分を取り除いてつなげて見たのですが、そうするとこれはまさしく中篇映画でした。「水曜どうでしょう」班も大したものだと思います。ミスターこと鈴井さんも映画制作を目指しましたが、正直言ってこの「ミエルヒ」のほうが遥か高みに達してしまったような観があります。

ストーリーはしっかりと存在していますが、このドラマはストーリーがどうのこうのという作品ではないです。かといって、人の情にホロリとさせられるとか、そのような情緒に訴えるような作品でもない。もっと深い、ある意味哲学的な問題(人間が生きていくということ)を見た人に感じさせる(考えさせるという訳でもない)ような作品だった・・・・とでも言うしかないかなあ。

登場人物それぞれに抱えている問題があって、それぞれが思い悩みつつ生活を続けていく。そのひとつひとつに軽重はないし、それらが微妙に繋がりあって時間と共に少しずつ少しずつどこかに進んでいく。生まれ育った土地・親や子の関係・そこに暮らす地域の仲間たちの関係も、決して偶然という言葉では片付けられない運命的なものを感じさせます。

作品の中では主人公に一応の答えを出させていますが、それが真実なのかどうかは小生には分かりません。このシーンがこの作品のクライマックスになるのでしょうが、どこかとってつけたような感じは否めませんでした。セリフに微妙な違和感を感じたからかな? 敢えて答えを言葉で表してしまうとでそれまでと違う性急さや押し付けがましさを感じちゃったからかもしれません。しかしテレビドラマとしては、視聴者の中に生まれるモヤモヤした感覚に対する何らかの答えを提示しないと収まりがつかなかったのかもしれません。ということで、そのあたりは「脚本家も演出家もかなり苦しんだんだろうなあ?」と同情的な立場ではあります。

小生はもっともっと深い真理があるような気がしましたが、今はうまく言葉で表現できません。それほどテーマは深いものだったと思いますし、それにチャレンジした制作陣の志の高さは本当に大したものだと思います。そんな深いテーマに対する一つの答えを(主人公のセリフからではなく)江別の街と自然の姿が何となく教えてくれているような感じがしました。ある意味難解な映画であり、一度見たら終わりというような作品ではないと思います。

惜しむらくは、CMを除くトータルの上映時間は約1時間10分。できることならば、もう40分くらい時間を費やして、主人公がひとつの答えに達する過程をもう少し丹念に描いてくれたらという気がします。そうするだけの価値のある質の高い作品だったと思いました。多くの方に是非ご覧いただきたい作品だとも思いました。つまらないCG大作映画に大枚はたいて時間を浪費するくらいなら、この「ミエルヒ」をご覧になったほうがよほど多くのものを得ることができると小生は確信しております。2009年の日本のテレビドラマ・映画の中でもかなり質の高い作品なのではないかと思います。

同じく北海道を舞台にして、中央キー局のスタッフや大物の役者やクラシックのパクリ楽曲を臆面も無くテーマ曲にして、いかにも「北海道」的なテレビドラマを作って大家面している某脚本家の作品などとは一味も二味も違います。「ミエルヒ」こそが北海道人の目線から見た北海道であります。

おっと、短く済ますつもりがついつい熱くなってしまいました。

さてさて関東地区の皆さんに朗報です。この「ミエルヒ」テレビ朝日で放送されることが決定したようです。放映は来年2010年1月30日(土) 深夜3時10分~4時35分。完全深夜放送ですが、ビデオ録画して是非ともご覧いただければと思います。そのほかの地域でも放送が予定されておりますので、上記画像をクリックして「ミエルヒ」オフィシャル・ページに行って放送時間をご確認ください。

それと若干の追加情報を。

① 根岸季衣の息子役岡村秀夫を演じた中野英樹、迫力ある花屋の若林サキを演じた萩原利映は、脚本を担当した青木豪氏が主催する劇団「グリング」の役者さんでした。実に味のある演技派でした。

② 最後の神前結婚式の舞台は野幌の錦山天満宮でした。

③ 風吹ジュン演じるスナックのママが、泉谷しげる演じる永島幸介に、「息子と飲んで話をしなさい」と言って手渡した焼酎の名前は「春夏秋冬」(泉谷しげる作の名曲)となっていました。

④ 音楽を担当したのは本間 昭光(ほんま あきみつ、1964年12月19日 - )。この起用は『水曜どうでしょう』予告編BGMの作曲以来の付き合いによるもので、昨年のスペシャルドラマ『歓喜の歌』の音楽も担当していました。

⑤ エンディングロールで流れた 中島みゆきの「時代」を歌っているのは、コザック前田(本名:前田泰伸、1979年9月30日 - )。「ガガガSP(スペシャル)」というパンクロックバンドの創設メンバーで、2004年には泉谷しげるとユニットを結成したつながりで、今回の起用になったと思われます。花屋のサキが運転する車の中で主人公の剛に遠まわしに結婚をほのめかすときに流れていた曲や、タクシーの中で泉谷しげるが「うるせー唄だな」と文句を言ったラジオから流れていた曲も、彼の曲でありました。

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最後に、この「ミエルヒ」が撮影されたのが2009年10月1日から。クランクインは10月13日で、われわれの同期会のあった10月17日には泉谷しげる氏と風吹ジュンさんが「初八つ目(八つ目ウナギ:石狩川名産)」に挑戦!ということで、野幌の「こじま」で食事をしたことが確認されています。となると、あの日は我々と「ミエルヒ」のスタッフ・キャストが野幌の街で接近遭遇していた!!!のであります。泉谷しげる氏と風吹ジュンさんが食事をしていた2階上のラウンジで「大2次会」のバカ騒ぎが行なわれていたことになります。ひょっとすると、泉谷しげる氏が「何か上がうるせーなあ、バカヤロウ!」と文句を言っていたかもしれません。

何度も言うようですが、今回の同期会と時を同じくしてこのドラマが制作されたこと、同期会のテーマと「ミエルヒ」のテーマがかなりの部分で重なり合っていたこと、そして同期会当日にはそれぞれのメンバーがほぼ同じ場所で重なり合っていたこと・・・・・。そんなこんなを考えると、この「ミエルヒ」がとても他人とは思えなくなっている小生であります。

ご近所さんのイルミネーション

 

今日夕食を買いに出かけた際に、是非記録しておこうと思い立ってシャッターを押した一枚です。

 

わが町内でもこうして素敵なクリスマス・イルミネーションを見せてくれるお家もあります。三脚無しで撮影したため、どうしても手ブレを起こしてしまい、かろうじて何とか見える一枚がこれでした。

   

一昨日からの強い寒波で遅かった雪も根雪となって街中が白い背景となり、イルミネーションも一段と美しく感じられました。しかしこれってある意味自己犠牲の上に成り立っているものですよね。なぜなら家の中にいる自分達はほとんど見ることができないのに、内部の照明を落とし、多額の電気代は自分持ちで外を通る人々が喜んでくれるようにという思いでやってくれているんですもんね。そういう気持ちがより美しく感じさせるのかも・・・・。

何となく雰囲気だけは伝わったでしょうか? さてと、話を昨日の続きに戻しますね。

実は小生は高校卒業後北海道を離れ、以来約二十年間の東京暮らしをしておりました。しかしその間一度たりとも「ここが自分の居場所なんだ・・・・。」という感覚になったことはありませんでした。どこか他所の家におよばれしているような居心地の悪さを感じながらずーーっと過ごして参りました。そして誰かに「あなたにとって本当の自分の家はどこ?」と問われたら、自然と「北海道○○市」と答えただろうと思います。そんな状態でしたから、定年後は生まれ故郷のこの街に戻ってこようという漠然とした気持ちがあったんだと思います。

そしてそれは思わぬ形で実現することになりました。丁度厄年の頃体調を崩して勤めていた会社を休職、悪いことは重なるもので、時を同じくして家内の母親が亡くなり、家内のそれまでの不満が爆発したんだろうと思いますが、その直後に離婚ということになり、完全に孤独の身の上となった際本能的に舞い戻ってきたのがこの故郷の地であったわけです。北海道を離れた当時は、まさかこの場所に戻ってくるとは思いもしませんでした。しかしいろんなことがあって、結局舞い戻って来たわけであります。ある意味「縁」があるのかもしれません。そして今ではずっとここで生きてここで死んでいきたい・・・・と考えるようになりました。それ以来この故郷の街が妙に愛しく、たくさん良いところのあるこの街をしっかり守り、もっと素敵な土地になって欲しいという気持ちになってきました。今は大したこともできない身の上にはなったけれども、そんな自分でも役に立つことがあるなら、是非力になりたいという気持ちが少しずつ高まっていきました。

ここで生きていこうと決心した・・・・、というより、ここで生きていくのが一番自然なんだと感じたとき、小生は今この街に暮らしている人が、どんな気持ちで暮らしているのかにとても関心が沸いてきました。小生にとってはこの街は生まれ育った土地でもあり、安心すると言うか住みやすい街なのですが、他の方々はどう感じているのだろうか? 現実的な答えは次のようなものに収斂するようです。

①できれば札幌に住みたかったけど、経済的な理由で仕方なく郊外のこの街に住むことにした・・・・。
②仕事や学校の都合で仕方なくこの街に住むことにした・・・・。
③親の代から江別に住んでいるので、自然の流れでこの街に住んでいる・・・・。
④逆にこの街の良さに惹かれて住むことにした・・・・。

キーワードは「仕方なく」でありました。悲しい事ながら、この街が気に入って積極的に住むこととしたという方は圧倒的に少数派であります。大多数はこの街に特別な思い入れ無しに住んでいる。そしてそのうちの多くは札幌に勤め、この街は寝る場所にすぎない・・・・。そんな状況が続く中、次第次第に地域のコミュニティも崩壊しつつある・・・・。

この街の姿は小生にとってとても残念なことでした。せっかくその土地で生活しているのならその街が好きであって欲しいし、自分の街を誇りに思えるようになって欲しいと思うのはごくごく当たり前のことだと思うのですが、そのための努力がどれだけなされているか?となると、それはもう淋しい限り・・・・。

札幌からわずか30分の距離にあるわが故郷なのですが、たかだかこの30分離れるだけで実は札幌とはある意味別世界が広がっているのも事実なのであります。この街には雄大な姿を見せる石狩川があり、広大な原生林も残されています。また農業も盛んで食料供給基地としての側面も持っています。これらはこの街の大きな魅力であり財産ではありますが、それだけでこの街を好きになり、誇りに思えるようになるか?と問われれば、「不十分」と答えるしかありません。やはり最も重要なのは市民の人間的品格や高い市民意識、そしてそれらに基づいて市民一人一人が自分の生きる土地を愛し、共に生きる人々を愛して人間的な絆を深め、この街全体が暖かさに包まれた空間になることではないのか? というところに行き着いたわけであります。

そんな思いを抱いていたところに同期会の提案があったわけです。ここで今までの小生の思いと地域の仲間という存在が重なり合ったのであります。ならば縁あってこの街で生まれ今もそこで生活していて、まだまだ元気のある我々世代が何かしら出来ることをスタートさせていけないだろうか?と。さらに加えて振り返って見るととても偶然とは思えない出来事もありました。それは小生と同様にある意味長い期間故郷を離れていた友人が小生が帰郷した時を同じくしてこの街に戻って来たこと。そして彼自身が狭い範囲ではあっても昔の仲間達との交流を10年間にわたってずっとリードしてきてくれて、その場でこの同期会の提案がなされたこと・・・・・。いろいろなことが一点に交じり合った! その瞬間、小生はこの機会を逃してはならないと感じました。だからある意味無謀とも思いましたが頑張ってみました。

そしてこれまたどういう訳なのか、この故郷には昔の仲間がたくさん暮らしていました。そうであるのなら、ぜひともその絆を深めて、助け合い支えあって生きていけるような環境を作ることはできないだろうか? 私自身がそうであったように、何らかの事情を抱えて故郷に舞い戻ってくる仲間たちもいるかもしれない。そんな仲間たちに安心して帰ってきてもらえるように・・・・、またこの街に住んでいても決してハッピーとは言えない状況に置かれている仲間に対しても、何らかの形で支えになれる可能性を高めるために・・・・。しかし一方では、近くに暮らしながらも、実際には、なかなか触れ合う機会もないという側面がありました。ということで、何をさて置いても先ずは地元を中心とする仲間たちの人の輪をもう一度ガッチリと固めていこう。それが全てのスタートだということで、37年ぶりの中学の同期会ということになったのでありました。地域に根ざしているのは中学校であり、何としても中学の仲間の再結集でなければならかったわけであります。

そしてその結果は大成功でありました。文句無しのスタートダッシュを切ることができました。こうして人の輪が強まり、更には先輩・後輩、高校時代の友人などに広がっていけば、地域の人の絆はもっともっと強く深いものになっていくのではないかと期待しているところであります。ただ、その先に何があるのか? 小生が目指しているものに近づくことになるのか? これは何ともわかりません。それでも一人ではできないことが今ではできる可能性が高まってきました。皆が皆、同じ方向を向いて進んでいくのは難しいかもしれませんが、少しでも多くの人の心が通い合えば、きっと何か良い果実が生まれるんじゃないでしょうか? 

楽観的過ぎかな(笑)。
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