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2009.02.27 11PM
2月27日。もう3月ですねえ。厳しい冬もあと少し・・・・。このところ昼の時間が確実に長くなってきています。今までだと午後4時ともなれば、かなり暗くなって物悲しい気分になっていたものですが、それがだいぶ後ろへずれ込んできています。そして今日もだいぶ暖かくなってきたなあ・・・と思ったら、只今深夜時点でまた少し吹雪いています。三寒四温で春に向かっていくんですね。

それにしても、麻生首相にはほとほとガッカリします。平成21年度予算が衆議院で可決されるやいなや、今度は更なる経済対策予算の検討に入るということのようであります。これはフェニックス計画と呼ばれているらしいですが、何のことは無い、今のままでは身内からも麻生おろしの圧力が高まる一方なので、次の経済対策を矢継ぎ早に打ち出すことでそれをかわそうという意図が丸見えであります。通常の不況とは桁が違う大不況が襲い掛かっている渦中にあって、国民の支持などはお構いなし、鈍感力をフルに発揮しながら、不況対策をこれ幸いの隠れ蓑にして総理大臣の椅子に座り続けようとするその心根は、あまりにも見苦しいものです。引き際の美学さえもかなぐり捨てて、権力の座にしがみついている今の麻生首相は、まるで芥川龍之介の「蜘蛛の糸」で自分だけが助かろうとするの主人公の大泥棒「犍陀多(カンダタ)」のようであります。

話は全く変わって、1970年当時中学生の小生を夢中にさせたものに日本テレビ深夜のワイドショウ「11PM」がありました。中学生ともなるとそろそろそういうお年頃で、興味津々。一方親は子供には見せたくない番組でしたので、親に内緒で見るしかありませんでした。居間にドカンと鎮座まします家具型テレビでは間違っても見ることは出来ないので、何やかんやといい加減な屁理屈をつけて小さな白黒のポータブルテレビを買ってもらい、そのテレビを布団の中に持ち込んで音が漏れないようにして見ていたオヤジであります^^。今にして思えば可愛いいもんですな・・・・。

それにしてもなかなか刺激的な番組でした。政治からストリップ・ショウまでありとあらゆることを取り上げていましたが、振り返ってみれば全てが一流のものを扱っていたような気がします。適当にお笑いタレントをかき集めてガチャガチャやっている今のバラエティ番組やワイドショウとは一味も二味も違っていました。遊びも一流にこだわっていたような番組でしたなあ。

そんな11PM特集ということで、Youtubeからいくつか動画をピックアップしてみました。懐かしいです。

まずはオープニングとエンディングのタイトルバックから

11PM Titleback Animation


最後に写っている方は、このタイトル曲を作曲した故三保敬太郎さんです。慶応に行った高校時代の友人がアイスホッケー同好会に入っていたのですが、その慶応ホワイトベアーズというチームはこの三保敬太郎さんが創ったという話を聞かされました。このテーマ曲はちょっと聴いただけでは良く分からないのですが、実はブルース形式なんですな。これだけブルース形式を感じさせないブルースというのは他に類を見ません。三保敬太郎さんスゴイです・・・・。

次は貴重な第一回の放送分です。

11PMの第1回目


昭和40年ですって・・・・・。この頃の11PMはまだまだ司会者が硬くて、お色気美女軍団とうまく咬み合っていない感じも・・・・。

最後に11PMの歴史を振り返った特別番組から



なんとフォー・フレッシュマンにアストラッド・ジルベルトのスタジオ・ライブですよ。ミュージシャンだけでなく、政治家から作家、文化人、スポーツ選手まで一流の人物がゲストで招かれていたんですネエ・・・・。その一方でせんだみつおのバカバカしいお笑いや朝丘雪路の天然ボケぶりも懐かしいです。いろいろお世話になりました。平凡パンチ・プレイボーイ・11PMがニキビ面の三種の神器でありました。わほー

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2009.02.26 神様の質問
2月26日。晴れのち曇り。うーーんなかなか思うようにアタマと体が動いてくれません・・・・。こんな状態が結構長く続いているので、正直気分も滅入ってしまいます。

この間珍しくフリージアの花が売っていたので買って来ました。小生実はフリージアの花が結構お気に入りなんです。というのも香りが好みであることと、何と言っても切花でありながら、蕾がちゃんと最後まで花咲くからであります。なかなか他の花ではこうはいきません。この最後の蕾までしっかり花咲くというフリージアの生命力と言いますが、根性のようなものに勇気付けられるところが多々あります。

Flower001.jpg

先日夕方テレビでドラマ「ひとつ屋根の下2」の再放送を見ていました。その中で、主人公の弟で三男の和也(いしだ壱成)が、昔つるんでいたヤクザの友達と話をするシーンがありました。和也には恋心を寄せる彼女(松たか子)がいて、その彼女の弟(森田剛)がそのヤクザの手下になっているのですが、彼女から何とか弟をヤクザ組織から抜けさせて欲しいと頼まれ、ヤクザの友達と話をつけます。

そのとき和也は2つの条件をつけられます。その条件の一つが、彼女をそのヤクザの友達に抱かせること・・・・。もちろんこれは冗談で、彼女をヤクザが拉致して弟の目の前で強姦する芝居をする。そこに和也が現れて彼女を救い、弟にヤクザがいかに酷いものであるかを実感させることで足を洗わせようという、和也とヤクザの友達が決めた段取りだったのです。そして芝居は成功し、彼女の弟は足を洗うことが出来ました。

そしてその後、ヤクザの友達が真っ当な道を進もうとする和也の前から姿を消そうと、最後に和也に会いに来ます。そのとき、和也が聞きます。
「もう一つの条件って何だ?」 
ヤクザは「もういいんだ・・・。」と言うのですが、和也がしつこく食い下がるので根負けして言います。
「子供の童話でな、神様の質問っていうのがあって、ダチの名前が言えるかどうかで天国に行けるか決まるらしいんだ。一人でも名前が言えたら大丈夫らしいんだ・・・・。」そう言って口をつぐんだヤクザの友達に和也が言います。
「なら、俺の名前が言えるじゃん・・・・。」

長くなってしまいましたが、このエピソードを見てちょっと胸が締め付けられてしまいました。そして我が身をふり返ってみてしまいました。「オイラには名前を挙げられる友達が一人でもいるのだろうか?・・・・と。

また2月24日でしたか、2009年のアカデミー賞の授賞式があり、日本の映画「おくりびと(Departures)」がアカデミー外国語映画賞を獲得しました。この映画を小生は見ていないのですが、そのニュースでもちきりになっているのをテレビで見るにつけ、「自分が臨終を迎えたとき、見送ってくれる人はいるのだろうか・・・・?」と、またしても心もとない気分になりました。

荘子曰く、「君子の交わりは淡きこと水の若く、小人の交わりは甘きこと醴(あまざけ)の若し」 と言いますが、水のようなサラッとした関係であっても交わりは存在しているんですな。それに比べて小生のような隠遁生活をしているような者は、そもそも交わりがほとんど存在しないんです。何も小生自ら頑なに交わりを絶っているわけではないのですが、年を経るごとにどんどん減っていき、我が家を訪ねてくれる友人はほとんどいなくなりました。たまに訪問者があれば、宅配便か郵便局、あとはセールスや宗教の勧誘であります。

振り返れば、小学校、中学校、高校、大学・・・・そして会社と、その時その時でかなり濃密な人間関係を築いてきたと思います。特に高校・大学あたりでは一生モノの友達ができたと思いました。その後進んだ道は違っていても、会えばすぐ昔に戻る・・・・。そんな感じで、「自分には親友と呼べる人間がいる。」と何の疑いも無く思ってきました。しかしカラダがなかなか言うことを聞いてくれなくなり、自宅にこもりきりの状態になって、同窓会や同期会などにも出席できなくなると、途端に交流がガタ減りしました。まして北海道に引き揚げてきてからはそれがより顕著になり、こちらから連絡しなければ友達から連絡をくれることも無くなってきて、1通の年賀状も届かなくなったときには、さすがに寂しさを感じました。

それもこれも、小生自身の身から出た錆と言えるのかもしれませんな。小生という人間自体に問題があるから友達が去っていった・・・・。去ったというほど積極的ではなくても、近寄りたいとも思われなくなったということなのでしょう。これは自分自身の人間としての底の浅さを見せ付けられているようで、結構キツイものであります。

頻繁に連絡を取らなくても、それでも友達は友達だ・・・。という考え方もあるでしょう。それは余程その人間関係に確固たる信頼を置いているからこそ言えるのでしょうが、じゃあ友達って一体何なんでしょうかね? 分からなくなってきました。何年も音信不通でも友達は友達なんでしょうかね?小生はやっぱり時折交わりがあって、人生の時々でお互いに胸のうちを相談しあったり、励ましあったりしてこそ友達なんじゃないかと思うんです。いかに濃密な人間関係を築いたとしても、会わぬまま時が過ぎるうちに、親友が友達になり、友達が知り合いになり・・・・・というように、心の密度がどんどん疎になっていくのが人の常ではないでしょうか?

だからこそみんな元気でいなければならないんですな。お互いに元気だからこそ酒も酌み交わせるし、楽しい時間を共有できるのです。それができなくなったとき、友達関係を維持していくのはかなり難しいことだというのが実感です。また友達関係を維持していくためには、相手からの接触を待つのではなく、自分のほうから時折電話をしたり、手紙を書いたり、それなりの努力が必要だとも実感しています。それをサボるとあっという間に疎遠になってしまうものです。(その人によって程度の差はあるとは思いますが・・・・。)

一つだけ間違いなく言えることは、「いくら自分があいつは俺の友達だと思っても、相手がそう思っていなければ、それは友達ではない・・・・。」ということ。こういったものの考え方はオヤジの間違いでしょうかね? ですから最初に戻って、神様の質問「あなたには真の友達はいますか?」 やはり小生は返答に窮してしまいます。相手がどう思っているか確認もできない・・・・。こんな今の状況では結局この質問には答えられないんじゃないかと思います。となると小生は「地獄行き決定!」ということなんでしょうね。この世も地獄、あの世も地獄となると、これまたキビシイですなあ・・・・。大泣き

2月25日。晴れのち曇り時々雪。今日から国公立大学の入試らしいですな。お天気が穏やかで何よりでした。

今日地元のニュースでの話題を取り上げてみたいと思います。それは、「あの花畑牧場が、生キャラメルを夕張で生産、夕張再生へ協力」というものです。まずは、北海道新聞の記事をご紹介します。

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夕張 再生へ 生キャラメル夕張で生産 花畑牧場 4月からメロン果汁入り(02/26 00:05)

【夕張】十勝管内中札内村の「花畑牧場」社長のタレント田中義剛さん(50)は二十五日、夕張市役所で記者会見し、閉鎖中の同市の観光施設を買い取り、大ヒットしている生キャラメルに夕張メロンの果汁を加えた新商品を四月から生産すると発表した。

同牧場は同日、市の財政破綻(はたん)に伴い閉鎖された宿泊施設「サイクリングターミナル黄色いリボン」を3400万円で落札した。見学可能なガラス張りの工場に改修し、隣に売店や豚丼店を併設、周囲は花畑にするという。4月20日にオープン予定。

新商品は「生キャラメル夕張(仮称)」で、12個入りで850円。当初は夕張で限定販売し、売り上げの一部を市に寄付する。総事業費は1億5000万-2億円を見込み、従業員は当初は50人、最終的には300人を雇用し、日産1万箱を目指す。

田中さんは、かつて同市の石炭の歴史村のCMに出演しており、記者会見で「財政破綻以来、力になりたいと思ってきた。藤倉肇市長に『花咲く夕張』のキャッチフレーズで(事業を)やってくれと言われ、決めた」と語った。藤倉市長は就任以来、大きな企業進出は今回が初めてで「誠にありがたい」と述べた。
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全くもって余計なお世話ではありますが、よくあるパターンに嵌まり込みつつあるのではないかと、小生はちょっと心配しております。

というのは、田中義剛氏はこの生キャラメルの大ヒットに気を良くして、次に「豚丼」と「しゃぶしゃぶ」のレストランを始めるなど、生キャラメル以外へも事業を拡大しているのです。自分の牧場直営レストランならまだしも、千歳空港に出店し、ついには東京・青山へ出店です。これは終わりの始まりだといったことを予感させます。

事業があまりにうまくいくと、経営者というものは往々にして錯覚してしまい、過剰な自信を持ってしまうものです。勢いのある今のうちに一気に事業を拡大しようという気持ちになっちゃうものです。「イケイケ ドンドン」になっちゃうんですな。今回のケースも全く同じ。

しかし、冷静になって考えてみると今の状況が極めて特別なものであるのは明らかです。生キャラメルという新しい商品を開発したのは立派ですが、売れたのは商品の価値そのもの以上に、テレビを中心としたマス・メディアの影響力によるものです。元々がタレントということで、いろいろな情報番組やバラエティ番組で採り上げてもらい、コスト・ゼロで宣伝できたことが今の大ヒットにつながっています。商品そのものの力では小ヒットがせいぜいではなかったかと思うのであります。

ましてこの生キャラメルに火がついたのは、あのリーマン・ショック以前の比較的景気が良かった時期です。その後はテレビで盛んに紹介されているものの、なかなか手に入らないという希少価値によってブームが支えられてきたものだと思います。これで生産量が増えればその希少価値はかなり減少するのは自然の成り行きです。一方景気は底なしの様相を呈していて、家計の財布の紐はますます固くなるでしょう。そんな中、12粒入りで850円というお菓子(生キャラメル)が今のペースで売れるとは、小生はちょっと想像できません。物珍しさから一度くらいは買って食べてみるかもしれませんが、そこまでではないか・・・・。毎日口にするような商品ではないし、その意味では限界的な商品です。加えて他の多くのスイーツと競合を余儀なくされるわけです。マスコミが珍しがって採り上げてくれるのもそろそろ終わりに近づいているようにも思います。

そんな状況で、外食にまで手を出し始めた・・・・。ましてや家賃の高い東京でです。その結果メイン・メニューのホエー豚丼セットはランチタイムで1,260円もします。豚丼が競合するのはやはり牛丼でしょう。すると価格面では全く勝負になりません。牛丼ではなく、焼肉やしゃぶしゃぶとの競合だとしても、なかなか太刀打ちできるとは思いません。おそらくこの外食事業は大失敗すると思います。

そこで本業?の生キャラメルなど乳製品関連ですが、これまた需要は頭打ちだと思います。そんな状況で夕張に新工場を建設して日産1万箱となると、これまでの売りだった希少価値は無くなるし、品質管理面などでの問題も起こってきそうです。そうなると需要は逆に減少すると予測するのが妥当かもしれません。とにかく今の価格設定で商売になるとは思えません。

小生は「花畑牧場」や田中義剛氏を非難しているわけではありません。ここまで事業を軌道に乗せた実力は充分認めています。低迷する北海道にあって数少ない輝いている存在だからこそ、逆につぶれて欲しくないのです。それに何とか夕張に貢献したいという気持ちも尊いものだと思います。しかし、それを焦るがゆえにかえって地元夕張に迷惑を及ぼす可能性についても、充分検討する謙虚さというのも必要ではないかと思います。

借金さえなければ事業からの撤退も比較的容易ですから、外食産業が失敗しても傷は浅いかもしれません。しかし本業の乳製品関連がコケてしまっては元も子もありません。夕張に新工場を建設して地元の雇用を創出することは素晴らしいことですが、1年2年で撤退ということになったら、地元に夢を見させて地獄に落とす・・・・みたいなことにもなりかねません。

ワンマン経営は往々にしてこのようなパターンを辿って凋落していくことが多々あります。田中義剛氏も少し冷静になって事業を見直して、地道な活動を継続していくことを第一に考えてみたほうが良いのではないか・・・・という気がしています。

いい前例があるではないですか。もう何十年も行列のできる商品として、吉祥寺の和菓子屋さんの「小ざさ」の羊羹があります。1本580円で毎日150本限定販売です。それ以上は作らないし、多店舗化もしていません。元々の商品自体が手作業で丹念に作られているという価値あるものですが、そこにこの希少価値が加わって、人気は落ちることなく毎日あっという間に売り切れているのです。

大きく儲けることはできないかもしれませんが、こういう商売のあり方というのが、菓子などの限界的な商品にあって、小さな会社が生き残る知恵なのではないかと思ったオヤジでありました。

2月23日。雪のち曇り時々晴れ。大雪をもたらした低気圧は去ったようです。それにしても北海道ではこの2月は23日の間に16回低気圧の通過があったそうです。そのうちの何個かの低気圧は根室沖で爆弾低気圧と呼ばれる、台風並の勢力にまで発達するモンスターに変身しています。爆弾低気圧は台風よりも恐ろしいです。台風も恐ろしい自然災害ですが、やってくるのが予知できるようになり、ある程度の覚悟や準備ができるという救いがあります。一方爆弾低気圧は名前だけでも恐ろしい感じなのですが、数時間で一気に気圧が下がり天候の激変をもたらします。台風と言うより竜巻に近い怖さでしょうか・・・・。ようやくそんな低気圧も去り、今晩は強烈に冷え込んでいます。久方ぶりにマイナス10度の世界になりそうです。

さて、1月の中旬以来ここのところオヤジは持病がなかなか去らず、体調が低迷を極めておりましてシンドイ状況が続いています。なんとか元気を回復して春を迎えたいものだと思っています。

そんなこんなで、オヤジが若かりし頃の懐かしい音楽をたくさん聴いて、そこから元気を分けてもらおうとあれこれやっているわけでして、そういうことで今日も懐かしの音楽を・・・・。

本日ご紹介しますのは、西岡恭蔵さんの「プカプカ」です。西岡恭蔵さんは通称ゾウさん。名前の恭蔵の<ゾウ>とそのゾウ(象)さんのような風貌をかけて呼ばれたのだと思いますが、愛嬌と優しさに溢れておりましたなあ。

西岡恭蔵02

西岡恭蔵さんは1948年三重県生まれ。高校時代から歌い始め、1970年大阪で「ディラン」というフォーク喫茶をやっていた大塚まさじ氏らと店名と同じ「ディラン」というフォークグループを結成し本格的な音楽活動を開始します。その後はソロ活動が中心になりますが、矢沢永吉の曲を数多く共作するなどソング・ライターとしての才能が開花します。しかし温厚な風貌と何とも言えない親しみを感じさせる温かい歌声という独特な個性は、歌手としても我々を魅了しました。人間味あふれるデカイ存在感を持った素敵な人物、それこそまさに西岡恭蔵さんでありました。

本日ご紹介する「プカプカ」は、西岡恭蔵さんが「象 狂象」というペンネームで書かれた作品ですが、演歌を除けばこの曲ほど多くの歌手にカバーされた曲はないのではないかと言われています。それも歌手だけでなく俳優が好んで歌うケースが多いことでも知られています。深い思いが込められていても、それをサラリと歌い流す・・・・というイメージのあるこの曲は、やっぱり70年代の名曲として忘れることは出来ませんね。

1971年 西岡恭蔵「プカプカ」


今回はあえて本人の演奏動画をセレクトしてみました。レコード音源はこちらです。

Youtube動画:70年代への鎮魂歌 プカプカ ♪

「プカプカ」は、最初「プカプカ(みなみの不演不唱)」という副題がついていました。不演不唱は”ブルース”と読ませるようです。そうです、この歌は70年代に強烈な個性で人気を集めたジャズ・シンガーの安田南ネエさんのことを歌った歌であります。

この背景には60年代後半から70年代にかけてのアングラ劇団の活況があります。アングラ劇団の一グループである「演劇センター68/70」の全国黒テント公演「翼を燃やす天使たちの舞踏」に安田南も出演しておりまして、このとき音楽を担当したのが岡林信康氏。そして後楽園球場での公演で西岡恭蔵さんはベーシストとして参加していたんですな。そしてこのときの体験をもとにこの「プカプカ」が誕生したということのようです。

安田南ネエさんにも少しばかり触れておきますと、1943年11月14日北海道札幌市生まれのジャズ歌手であります。1964年頃から米軍キャンプで歌い始め、ジョージ川口とビッグ4、鈴木勲4等を経てフリーになり、以降ジャズの枠に囚われない奔放・個性的な歌唱スタイルで歌手活動を行なうほか、黒テントを中心とした舞台出演・ラジオのDJ・エッセイの執筆などにマルチな才能を発揮しました。俳優座養成所を中退しているという経歴からも、演劇にも強い関心があったのだと思います。70年代半ば頃には流行作家の片岡義男氏とともにFM東京系の深夜番組「気まぐれ飛行船」のパーソナリティを務めてもいました。

小生も大学時代「気まぐれ飛行船」を聞いていました。自分のようなガキにとっては、ラジオから流れるすごく大人の雰囲気のトークを憧れの心持ちで耳を傾けていたような記憶があります。「気まぐれ飛行船」の当時の音源もありました。雰囲気をどうぞ感じてください。

Youtube動画:気まぐれ飛行船 1976/3/5 片岡義男&安田南

そんな安田南ネエさんの魅力に西岡恭蔵さんは参っちゃったんでしょうね。きっと惚れちゃったんでしょう。生まれ年からすると1970年当時はネエさんは27歳で西岡恭蔵さんは22歳・・・・。この年代の5歳年上は大きいです。でもってネエさんはサラリと身をかわしてどこかへ行っちゃったんだろうなあ・・・・と想像してしまいました。

さて、こんな個性的で魅力的な西岡恭蔵さんも今はもうこの世におられません。1997年に音楽制作上のパートナーでもあった奥さん(KUROさん)をガンで亡くした後深刻な鬱病を患い、1999年奥さんの3回忌にあたる命日の前日、自宅にて首を吊り自ら命を絶ってしまわれました。享年50才。何とも残念で惜しいことであります。

そして安田南ネエさんも1977年12月の29・30両日で録音されたアルバム「Moritat」を最後にその後の消息は不明・・・・。

多くの人に元気を与えてくれた西岡恭蔵さんはもういない。あの強烈な個性の安田南ネエさんもおそらくもういないんじゃないかな。元気をもらうつもりだったのに、なんだかものすごく哀しくなってきました。悔しいです。無念。><;

何度も何度も聴き返すことにします。合掌。

2月22日。ここ三日ほど大荒れの天候でした。今日は曇り時々雪、昨日は曇りときどき吹雪き、一昨日は暴風・吹雪・・・・。でもこれは毎年のことで、過去においても2月20日前後には千歳空港が閉鎖されてきていたようであります。でも吹雪は今シーズンはこれで最後にして欲しいと望んでいるオヤジであります。雪の始末でオヤジはすっかり疲れてしまい、それこそ体調も思わしくありません。フウ・・・・。

閑話休題。

先日のTBS「久米宏のテレビってやつは」で<草食系男子の増加>について紹介されていました。これはどうやら最近若い男性の女性化傾向を<草食系男子>という言葉で定義されているようであり、そんな男性が著しく増えているということのようです。

・草食系男子とは、すきあらばオオカミに変身するところが、羊のようにおとなしいまま。
・異性と友達感覚で付き合い、酒を飲んでも乱れず、暮らしぶりは堅実で、協調性に優れている・・・
というのが共通点のようです。そして近頃そんな草食系男子がモテているらしい・・・・。平和主義で優しくて、自己主張が強くない男が人気なんだそうであります。モテるモテないというのは、相手の女性の問題だということで、その点はここでは置いておくとして、草食系男子の実態を少しご紹介します。

「最近の20~30歳代の男性は異性にガツガツせず、男らしさにもこだわらない。」・・・・。ホウホウ。
ある具体例では、30歳の男性会社員は「終電がなくなったら、女友達とラブホテルに行き、一緒に眠ります。何もしません。ただ眠るだけ・・・・。」恋人と女友達の間に明確な線引きをしているということですが、小生にはちょっと信じられません。「若者よそんなに疲れているのかい?」と聞きたくなります。われわれ世代であれば、「据え膳食わぬは男の恥・・・・。」という言葉が頻繁に飛び交っていたものです。

ある結婚情報サービス会社の調査では、今年度中に成人する男性に女性との交際を尋ねたところ、約8割が「相手はいない」と答えたとのことです。また昨年度の調査では、交際相手のいない男性のうち、3人に1人が「欲しくない」と答えている・・・・。その理由は「一人が楽しい。」「ほかのことに時間・お金を使いたい。」ことなどで、彼女がいなくても特に不満は無いんですって。思わず「本当かよ?」と言いそうになりました。だって二十歳の若者ですよ!自分の意思とは無関係に暴れん坊将軍が暴れだしてしまう年頃なのに・・・・。

その背景として、「物質的に豊かな時代に育ち、何かを手に入れようとガツガツする必要がなかった。」「バブル崩壊後の社会しか知らないため、未来に過剰な期待を抱かず堅実志向。」などが指摘されているようです。

こうした草食系男子の好みが経済にも影響を与えていて、例えば自動車などでは、かつてはスポーツ・カーに乗っている男子がカッコイとされたが、今では「維持費がかかり、エコじゃない・・・・。」と関心は低いとのこと。日産自動車は2002年に若者向けの四角いコンパクトカー<Cube>を発表し、友人と自室でくつろいでいるような雰囲気を強調したところ大ヒット・・・・。若い男性の間では、スピードやパワーより心地よい空間が受けているということなのでしょうか。

番組の中では、このような点も指摘されていました。

・最近の若い男の子は食事の絶対量が量が少なくなっている。(ある学食では昔に比べて食べる量が3分の2から半分程度になっているとの話が。その理由は、カッコイイ洋服を着れなくなるから太りたくない・・・。)

・最近の若い男の子は肉食を好まず、魚を好む。

・最近の若い男の子の精子数が減ってきている。(本来2000万個以上/精液1ml 以上の精子数が必要で、そのうちの半分以上が活発に活動していることが望ましい状態であるのに対し、100万個/精液1ml 程度で活動の鈍いというようなケースが増えている。そもそもアジア系人種は、白人や黒人に比べて精子数が少ないと言われているので、この傾向は憂慮すべきものがある。)

この話を聞いて、小生は最初、この<草食系男子>の行動は一見本人が望んでそうしているような感じもありますが、若者男性の「自信のなさ」の表れではないのか?と思ってしまいました。「女をモノにする自信が無い・・・・。」「その後のことを考えると恐ろしい・・・・。」「自分一人ですら生きていくのに汲々としているのに嫁や子供を養っていく自信が無い・・・・。」

小生も学生時代なかなか彼女を作る気にならなかった時期がありました。それは高校時代の苦い経験から抜け出せないでいたためなんですが、そんな小生を尻目に恋愛を謳歌している友人がいました。そのときの奴の口癖は、「とどのつまり男はココ 上 よ!」 何とも豪快な男子であります^^。あの頃の奴は自信に満ち溢れていました。「英雄色を好む」とも言います。そんなこんなを思い出すにつけ、小生が若かりし頃は「将来は何とかなる・・・・。」という時代の気分があったように思います。二度の石油ショックがあった時代で、戦後の高度成長も終わりを告げ経済的にはノンビリしたものではありませんでしたが、それでも将来には「希望」が透けて見えていたように思います。

そしてあのバブルがあり、崩壊し、失われた10年が過ぎた・・・・。この30年で日本という国はすっかり希望というものを見失ってしまった・・・・。それが若者の「自信のなさ」を生み、チャレンジする意欲を失わせてしまったのではないでしょうか? それが女性に対する態度にも表れてきたのであって、「豊かな時代に育ち、何かを手に入れようとガツガツする必要がなかった・・・」などという分析は当たらないのではないかと思うんです。今の若者は「ガツガツしていない」のではなく、「オドオドしている」だけ。「堅実志向」なのではなく、「挑戦が怖いから現状を肯定している」だけのように思えます。それは弱肉強食・優勝劣敗・自己責任と敗者の退場・・・・というように、社会自体がすっかり将来に希望が見出しにくい状況に変わってしまったという点に行き着くのではないか・・・・と。

しかし、「若い男の子の精子数が減ってきている。」となると、話はちょっと変わってきます。これは男性の中性化、更には女性化を意味するのかもしれません。

そんな流れで出たもう一つの話題が、「男性用ブラジャーが売れに売れている・・・・。」

男性用ブラジャーに対して久米宏は肯定的でした。丸一日装着した経験からその理由として次のようなことを言っていました。

・胸が締め付けられることで、自然と腹式呼吸になる。これが精神的に落ち着く、集中力が高まるなどの好効果をもたらしているかもしれない。
・ゴルフの時、上半身の捻転具合がはっきり判る。

別にゴルフのことはどうでもいいのですが、男性用ブラジャーなるものが腹式呼吸をもたらすがゆえに売れているとは、小生にはちょっと想像できないのであります。これはやっぱり「男性の中性化、更には女性化」を表す一つのシグナルではないかと思ってしまうのであります。つまり心理的に「女性に憧れている男性が増えているのではないか?」ということです。

さてさて、このようなちょっと考えられないような変化が若い男の子の間に起きているとなると、少子化問題は経済問題に根ざした社会問題という理解だけでは不十分かもしれません。より根源的な生物学的な問題や心理的な側面を持つとなると、政治や社会制度をどうこうしても意味がありません。男性が男性としての機能を発揮できなくなったら、人類の先行きは末恐ろしいことになります。しかしこれも神の御意思なのでしょうか・・・・? 

もしそうだとすると、環境問題と相俟って人間は自然消滅に向かう神の敷かれたレールに沿って着々と歩みを進めているのかもしれません。怖い

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