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7月10日 雨のちくもり。このところの天候はすごく振れ幅が大きいです。しばらく雨が降らず困ったものだ・・・と思ったらいきなりの豪雨。そうかと思えば、翌日は30度にもなる晴天。それも続かずまた次の日には豪雨・・・・・。庭の花も満開の時期に大雨・強風をむかえて、花が水を含んで重くなったことと、強風にあおられたことであちこちで茎から折れてしまいました。可哀想な姿です。

またまたすっかりご無沙汰してしまいました。実は2週間前の土曜日に、中学時代の別のクラスのクラス会に呼ばれてちょこっと出席したのですが、その席で「他のクラスの仲間たちともたまには会ってみたいなあ。何とかしてくれよ、会長・・・・。」と言われてしまいました。小生、中学時代には生徒会長をやっていたこともあって、当時から他のクラスの人たちからは名前ではなく「会長」と呼ばれていました。

ということで、早速同期会を開催するための下準備と言いましょうか、もろもろの雑事などに追われておりました。校歌を思い出してみたのですが、卒業アルバムには歌詞は載っているのですが、譜面はなく、必死に思い出そうとしても結局出てきませんでした。そこで37年ぶりに母校を訪ねてみました。校舎は小生が卒業したときのまま・・・・。かなり年季がはいりました。ちょっと不思議な気分で職員室に向かったのですが、職員室に入るときの微妙な違和感が今になっても起こるんですな。面白いものです。そこで教頭先生に会い、校歌の楽譜などどいうものはあるか?と尋ねました。先方もしばし戸惑った感じでしたが、どこからか見つけてくれてコピーをとって渡してくださいました。ありがたいことです。帰宅後その譜面を見てやっとメロディを思い出しました。因みに、作曲者は早坂文雄氏。あの黒沢映画の映画音楽を担当された方でありました。

そんなこんなを皮切りに、今度は各組の名簿の作成から始めなくちゃならないという、気の遠くなりそうな作業が待ち受けています。どうなることやら・・・・・。

話は変わって、今日久しぶりに買い物に出かけました。ドラッグストアと食品スーパーに行ったのですが、またしても不愉快な場面に遭遇です。小生はつくづくそういう巡り合わせの人間なのかと本気で考え込んでしまいそうです。まずはドラッグストアにて。ひとしきり予定の買い物をしてレジに並びました。結構な混みようです。しかしレジは1台だけ。店内各所には店員さんが手持ち無沙汰でウロウロしていています。店側もこのあたりに気配りが全然出来ていないし、店員一人一人も見て見ぬフリで店長の指示を待っているだけなのか・・・・。まあ店長も店員もこんなレベルです。そこに輪をかけて登場したのが若いお嬢さん。こちらがレジで並んでいる横にやってきました。小生はレジの列が他のお客さんの通路を塞いでしまっているので、前のお客さんから少し距離を置いて並んでいました。そこにやってきた例のお嬢さん、こちらには気付いているみたいでした。しかし小生の後ろに並ぶことは無く、小生の横に立ちました。そしてレジの列が進んだとき、当然であるかのように小生の前に割り込んできました。

「ん? 何じゃ?」一瞬何が起こったのか小生も目を疑いました。そこで「あなたは私より後ろではないかな?」と声をかけました。すると返ってきた言葉は「それならそれでいいですよ・・・・。」小生はまたここで口があんぐりです。このお嬢さんは自分が優先しているものだと確信していたみたいなんです。だからうるさい事を言うオヤジに順番を譲ってやるといういうような態度でした。小生はレジの列に並び、そこに立っているときにこのお嬢さんがおもむろにレジに向かって歩いてくるのを見ているんです。そんな微妙なタイミングではありません。しかしこのお嬢さんには並んでいる小生の姿は目に入らなかったようです。わずか1メートルか1.5メートル先にいる小生の姿は彼女の視界には入らなかったようです。小生は透明人間なのでしょうか? しかしもし本当に気付かなかったとすれば、このお嬢さんの視野は何と狭いことか・・・・。自分の目的とする特定のエリアにしか注意が向かないのでしょうか? 「あそこに空きがある」と脳が思い込んだら、その箇所しか目に入らず、その回りは視界から締め出されてしまう・・・・・。どうもそんなような気がします。これはちょっと恐ろしいことかもしれません。

自分の目的とする特定の部分だけに神経が集中し、その回りがどうなっているかを一切シャットアウトしてしまう・・・・。脳が実に主観的になってしまって、客観的な状況を把握することができなくなってしまう・・・・・。これでは交通事故をはじめ諸々の事故を引き起こしかねません。そんなに焦っているわけでもないのに、あれほど周囲が見えないという視野の狭さは、同じ空間に存在する他の者にとっては脅威です。相手がこちらを認識していると思いこんで行動するのは、実はかなりリスクがあるということを思い知らされました。

そんなとき、やっと他の店員がやってきてもう1台のレジをあけました。「お待ちのお客様どうぞこちらへ・・・・」と声がかかるやいなや、そのお嬢さんはそちらのレジに向かいました。良く分かりませんが、実はこのお嬢さん、小生の姿が見えていなかったわけではなく、ボケーッとして間隔をあけて立っているオヤジを見て、「この前に割り込んでもこのオヤジは気付かないだろう。」との確信犯的な行動だったのかもしれません。そうだとすれば、それはそれで何とも心が卑しいというか、浅ましいというか・・・・。

嫌な気分で店を出て次に食品スーパーに向かいました。またここでもレジが混んでいます。客はそんなに多くはないのに開けているレジが少ないため、結構な客が並んでいます。そんな折、小生の横のレジが開きました。するとレジ係りが声をかける間もなく、一人の若い男性がそのレジに駆け込んできました。「危ないなあ・・・。」と思いつつ横を見ると、なんとそれはそのスーパーの店員ではないですか。スーパーの制服・制帽姿で、両手に商品を抱えてやっと開いたレジに突進してきたわけです。他のお客さんがすぐ横のレジで並んでいるにもかかわらず・・・・です。レジ係りもそのことに対して何を言うでもありません。小生はまたしても口があんぐり・・・・・。普通やりますか?こんなこと。店の人間が並んでいるお客を押しのけて先に会計を済まそうとする。しかもお客とぶつかりかねない狭いスペースに駆け込んで・・・・・。 もう何が常識で何が非常識なのか小生には訳が分かりません。この店員もこの店自体も一体何を考えているんでしょうかね? 仲間内優先で顧客は劣後なんでしょうかね? それを注意するような店側の雰囲気は全くありませんでした。

ちょっと街に出ると、かようなことにしか出くわしません。ついこの間も青信号で交差点を車で渡ろうとしたときに、自転車に乗った老人が赤信号を無視して横断を始めたため、急ブレーキで停車しました。そして相手が赤信号であることを知らせるためにクラクションを鳴らしました。するとその老人に逆ギレされて、散々な罵声を浴びせられました。「何でクラクション鳴らすのよ? お前信号が見えないのか!」「なんで赤信号で交差点に突っ込んでくるんだ、このバカヤロウ。お前みたいな人間がいるから、事故がなくならないんだ!」  100%信号はこちらが青で向こうが赤でした。あまりにも理不尽な言いがかりです。自分が信号無視をしておきながら、それを悪いことと思わないばかりか、非を相手になすりつける・・・・・・。こんなんばっかりです。フゥ・・・・。

街に出て、道を譲ってもらったとか、人の親切な行動に出会う確率と不愉快な行動に出会う確率は、おそらく10対1くらいのような気がします。何とも情けないことに、これが小生が暮らすわが街の人間力です。ほとほとガッカリします。視野の狭さというものは実は心の狭さに起因するのかもしれませんね。
何とかできるものなら何とかしないと・・・・・。もう手遅れかな・・・・・。
6月24日。晴れときどき曇り。いやあ暑くなりました。日中は30度近くまで気温が上がりました。ついこの間まで暖房のお世話になっていたのに、いきなり冷房のお世話にならなくちゃならない有様です。さすがにこれには小生の自律神経は追いつけませんでした。終日頭はボーーッとして眠気が去りません。

こんな中、今日はこの庵に引っ越してきてから植えた松(イチイ:北海道ではオンコ)の樹がうまく根付かず、いろいろ手をつくしてみたのですがそれもなかなかうまくいかず、半分以上枯れてしまったこともあって、結局抜くことになりました。庭屋さんがやってきてそのままスポンと抜いて持っていくのかと思いきや、枝を全部ノコギリで切り落とし、幹も何分割かに切り分けてバラバラの状態にして持ち去りました。なかなかプロというのは非情なものです。半分枯れているとはいえ、半分はやっとの思いで青い葉を一生懸命繁らせているにもかかわらず、延命措置は無し、即刻死亡宣告・・・・、あとは遺体処理という感じでした。何とも言えず淋しい感じでした。どこか小泉構造改革っぽいなと思ってしまいました。

さて、先日もちょっとお話しましたが、久しぶりに音楽制作に関することに時間を割くようになったのですが、その途端機材(サブ・ミキサー)が一部壊れてしまい、代わりのもを用意する必要に迫られてしまいました。慢性金欠状態の小生ですので、じっくり時間をかけて、高品質でありながら安くてしっかりした作りで長持ちするものを一生懸命ネットで探していました。昔はこういう場合は札幌の楽器屋さんに出向いて、店の人に相談して店にあるものから何かしらを選んで買って帰るというのが普通でしたが、今は全く様相が変わってしまいましたね。まずはどんなものがあるかネットで調べて、その評判も調べられます。もちろん価格も調べられます。それで「ここのこれだ!」と決心してネットで購入申し込み、後日宅配便で商品が届き、代金を支払って自分のものとなる・・・・・。田舎者やなかなか外に出て行けない小生などのような人間には本当にありがたい世の中になったものだと思います。もっともこんな消費行動をする人が増えれば増えるほど地元の商店は商売あがったりになりますし、販売側と購入者側とのコミュニケーションもほとんどなくなるなど弊害もあります。ただこの手軽さは抗しきれない時代の流れかな・・・・とも思います。ただ一方で地元の信頼できるお店も残ってもらいたいという気持ちもあるわけで、このへんのバランスが何とも悩ましいところであります。

話を戻しまして、「故障時の修理などを考えると国内メーカーのほうが安心かも・・・・・」と思いまして、最初はYAMAHAがいいかな?と考えていたのですが、どうも評判がイマイチのようなので一度白紙に。国内メーカーではあとTASCAM(TEACの子会社)があって、実にスタイリッシュで魅力的な商品が出るということで期待したのですが、まだ販売開始時期が未定かつ価格も予算オーバーということで断念しました。(断念したのはこの商品です。なかなかグットくるデザインですよね? ただ販売日未定ということだったのに、今日あるサイトでしっかり販売されていました。しかもかなり値下げして・・・・・ちょっとショック。)

TASCAM M-164

ということで、結局は海外メーカー品になってしまうわけですが、低価格を前面に押し出したBEHLINGER社はノイズその他であまりクオリティ面での評判がよろしくなく、ここは無難にパス。プロ用として評判の高いALLEN&HEATH社のZED-14もかなり心惹かれました。またミキサーの定番MACKIE社の1402VLZ3も魅力的だったのですが、両者とも少し予算オーバーなので泣く泣く断念。残ったのがSOUNDCRAFT社のEPM8という商品と、MACKIE社傘下のTAPCO社のMIX260FXの一騎打ち。(左がSOUNDCRAFT社のEPM8、右がTAPCO社のMIX260FXであります。)

SOUNDCRAFT EPM8  TAPCO MIX260FX


結局最後の決め手は「お値段(実売価格)」とミキサーはMACKIE社というブランドに対する信頼性でありました。というわけでTAPCO社のMIX260FXを第一候補に絞り込みました。

次に貧乏人の小生としては「いかに安くこれを手に入れるか?」が大きなチャレンジでした。「価格.com」を始め価格比較サイトを覗いたりするのですが、ちょっと特殊な商品なのでなかなか安いところが見つからず、やっとのことで見つけて早速ネットで購入手続きをしたところ、その業者から来たメールは「只今在庫切れ。次回入荷の目途は全くたっていない・・・・・。」 愕然であります。この業者は全国的に店舗展開している準大手の楽器販売店でしたが、それがこのザマであります。

商品が無いのに堂々と販売している・・・・。まあネットショッピングなんてものはこの程度のことは当たり前なんでしょうかね。気を取り直して次の安い店を探しました。何とか一般的な販売価格よりも5000円程度安い店を見つけて購入申し込み。(因みにそのお店は名前を聞いたことも無い大阪の業者さんで、少し心配な面もありました。) 今度は在庫あり、早速当日中に発送してくれました。それが週末に届いてそれからはずっと使い方の勉強をしておりました。同じミキサーでもメーカーによって多少使い勝手が違ったりするので、其の辺のお勉強であります。おかげで何とかいちいちマニュアルと首っ引きにならず、ある程度使えるようになりました。音質的には「かなりいい感じ・・・・。」というところです。機械としての操作フィーリングも以前使っていたミキサーとはちょっとクラスが違うという感覚です。「これだけの性能でこんなに安くていいのかな?}と思えるくらいであります。今のところは実に良い買い物ができたと喜んでいます。

このネット・ショッピングの途中でちょっと使える小物を見つけてしまいました。それはヘッド・フォンの替えパッド・・・であります。なんと4個セットで100円(普通は2個一組だから一組分50円)。

Headphone Pad

実は小生、今から20年前くらいに買ったSONYのMDR-80というオープンエア型のヘッドフォンが大のお気に入りでした。とにかく軽く、音質的にも優れていて、長時間使用し続けていても苦にならないという優れものでした。が、問題はイヤ・パッド。ウレタン製の薄いスポンジ状のイヤパッドが時間が経つとボロボロになってしまいます。何度かSONYから替え部品として購入しましたが、そのときは確か片側500円くらい(1セットで1000円)したと思います。しかし今ではその部品もなくなって、使うに使えなくなっていました。本体には何の問題は無いのにです。それがこの100円商品で甦りました。これにはなんともビックリで、このパーツを販売してくれている新潟県燕市の丸七株式会社には感謝してもしきれない気持ちです。密閉型の大型ヘッドフォンには使えませんが、ハウジング(ドライバー)部分が丸型で直径が50ミリから55ミリであれば問題なく被せることが出来ます。小生のように替えパッドがなくて泣く泣く使えなくなっていたヘッドホンがこれで復活するかもしれませんよ^^。

今のSONYの使い捨て主義には期待するところはありませんが、昔の良品を甦らせてくれる中小企業には大きな拍手を送りたい気持ちであります。こんな意外な、しかし重要なパーツを供給することで使えるものを使い切ることのほうがよほど地球のためになるのではないか?と小生は思っていまして、今の誰も彼もが「エコ・エコ」と唱えながら新しい電化製品に買い替えたりすることが本当に地球のためになっているのか?・・・・と疑問に思っています。CO2削減問題にしても、太陽光発電も電気自動車もいいですが、今ある森林を守り育むことのほうがより地に足が着いた、地味ながら確かな方法のように思ったりもしています。マイ箸も結構ですが、森林資源を守るために間伐材を使った割り箸をあえて買って使うことにも大きな意味があります。石油価格高騰時はこれでマイカー利用が減って環境対策になると言って暫定税率の維持を声高に主張した政府与党が、今では高速道路を週末1000円乗り放題でどんどんマイカーを使ってくれ・・・・と言っています。テレビも新聞もエコだといえば何にでも飛びつき、国民はそれを素直に信じて疑わない・・・・。そんなんでいいのかな? マスコミや政府の言う事を素直には信じることのできない天邪鬼なオヤジであります。

それにしても東国原宮崎県知事はやっぱり陥るべくして陥った・・・・という感じです。このお話はまた別の機会にでも・・・・。

6月22日 雨。 かなりの土砂降りです。日本全国大雨のようです。今年の北海道の6月は散々なお天気が続いています。例年なら6月は北海道が一番輝く爽やかな季節なのですが、今年はとにかく青空を見ることができませんでした。前半15日のうち「雨」が降らなかったのはわずか1日だけ。毎日毎日憂鬱な曇天・・・・。18日頃2日ほど青空が広がりましたが、それもあっという間に終わり、また雨・雨・雨であります。4月から5月は逆に全く雨が降りませんでしたし、どうもバランスというものが崩れていて、どこか極端から極端に振れるというのがこの頃の気候の特徴のような気もします。

もう一点は寒いこと。これは日照不足のせいもあると思いますが、とにかく地面が暖まらないという感じです。夜になるとグッと冷え込んで、何とこの6月も一昨日あたりまで暖房を入れていました。こんなことも以前はまずありませんでした。今年は1年のうち暖房が要らないのは7月8月の2ヶ月だけかもしれないと本気で心配しているオヤジであります。

ここのブログの更新もまたまた久しぶりです。この間何をやていたかというと、久しぶりに音楽制作に関することに時間を割くようになったのですが、その途端機材(サブ・ミキサー)が一部壊れてしまい、安くて音が良くてしっかりとした作りのものを買い求めようと一生懸命品物を探していました。この顛末はまた後日お話したいと思います。

さて、あまりの雨に「こうなったら昔懐かしい<雨>から連想される音楽でも聴くしかない!」ということで、とっさに頭に浮かんだ曲を3曲ばかりご紹介したいと思います。古い順で行きましょうか。

まずトップ・バッターは「1972年 吉田拓郎  たどりついたらいつも雨降り」



この曲は亡くなられた鈴木ヒロミツ氏(ザ・モップス)へ拓郎さんが楽曲提供したものですが、拓郎さん自身の歌うバージョンをセレクトしてみました。それにしてもこの歌詞はほんとに身につまされます。何とか辛く厳しい状況から抜け出したかと思いきや、また次の試練が待っている・・・・。人生なんてそんなもんさ。どこへ逃げたって運命ってやつからは逃れられない・・・・。そんなことをしみじみと思わされますし、現実の生活の場面を思い起こしても、「まさにその通りだ。」と思い知らされます。


さて2曲目は 「1975年 荒井由実  雨のステイション」



1975年に発表されたユーミンの3枚目のアルバム「COBALT HOUR(コバルト・アワー)」に収録された曲です。これまた名曲ですなあ・・・・・。まだまだ純な若い頃のひたむきな想いが込められていて、いつしか曲の世界に引き込まれてしまいます。頭の中に短編映画が流れるようです。

それにしてもこの「COBALT HOUR(コバルト・アワー)」もユーミンの世界観を代表するような素晴らしい曲が収められていますね。<COBALT HOUR>  <卒業写真>  <花紀行>  <何もきかないで>  <ルージュの伝言>  <航海日誌>  <CHINESE SOUP>  <少しだけ片想い>  <雨のステイション>  <アフリカへ行きたい> 全曲が荒井由実の作詞・作曲で、編曲は後の旦那の松任谷正隆氏です。小生はデビューアルバムの「ひこうきぐも」、2枚目の「MISLIM」は持っているのですが、この「COBALT HOUR」は持ってません。でも今回改めて聴き直してみて、絶対買おう・・・・・と思いました。ユーミンの初期3部作はまぎれもなくエクセレントです。

そうそう、この「雨のステイション」のモデルは、JR青梅線の西立川駅ということのようです。我が街にもこんな名曲があればなあ・・・とつくづく羨ましく思うオヤジであります。


最後の3曲目は 「1977年 イルカ 雨の物語」



伊勢正三作詞・作曲 石川鷹彦・木田高介編曲によるイルカ6枚目のシングル。実は小生あんまりイルカの音楽世界は好きではないんです。代表曲の「なごり雪」も、<懐かしのフォーク>みたいな番組では定番中の定番で、「もういいよ・・・・・。」という感じです。また作詞・作曲の伊勢正三氏についても、あまり技術も無いのに技術を前面に押し出そうとするギター・パフォーマンスが見る側からすると痛々しく、これまた定番の「22歳の別れ」もまた「もういいよ・・・・・。」 そんな感じで「南 高節」も「かぐや姫」も「神田川」的フォークもちょっと食傷気味であったのですが、今回「雨」というテーマから連想してしまったのは、「窓の外は雨 雨が降ってる・・・・」というフレーズだったんです。不思議なものです。

しかしこの「雨の物語」はあまり目立ちはしませんが、なかなかの佳曲という感じがします。「これでどうだ・・・・!」というような気負いが感じられず淡々と耳に吸い込まれていきます。あまりに淡々としているせいか、これまた短編映画のワンシーンのような曲でありながら、ユーミンのようには映像があまり鮮明に浮かんできません。まるで雨に煙った景色のような、雨粒に覆われたガラス窓から見る外の様子のようにどこか頼りない感じですが、そこがまた良いのかもしれません。

いやあ、それにしてもやっぱり昔はいい曲がたくさんあった! これは間違ってないと思うオヤジでありました。